「ピッチに入ると引退なんてことも忘れるというか、本当に後悔なくという感じで決めたことだし、思い切りできたし、終わって悔いもないし、本当に気持ち良い90分だったかなと思います」。2014年11月23日。1人のJリーガーがスパイクを脱いだ。木谷公亮。36歳。日本代表歴もなく、そのキャリアのほとんどをJ2で過ごした彼は、しかしどのクラブのサポーターからも愛され、この日14年間のプロ生活に別れを告げた。

2000年の冬。木谷は大宮アルディージャのセレクションに参加していた。「そもそも『来て下さい』って言われたり、大学の途中からずっと見てもらってという感じではない選手だった」と自ら振り返る彼は、大学4年の卒業が近付いてくる時期になってもプロへの道を探っていたのだ。結果は50人近いライバルたちの中からただ1人練習参加の要請まで漕ぎ着け、2週間のトライアルを経ての仮契約。「『俺、大丈夫だったのかな』って。『何考えてたんだろう』って思うよね(笑)」と本人は笑うが、まさにギリギリのタイミングで、彼の就職先はJリーグのクラブになった。

リーグ戦の出場で見ると1年目は1試合で、2年目は2試合だったが、このプロキャリアにおける草創期とも言うべき2年間が、自身にとって大きかったと木谷は語る。「サッカー自体がちょっと特殊な部分もあったので、大学とのギャップというか、そういう所で凄く勉強になった。試合はあまり出ていないけど、サッカー観という所では大宮に行って凄くできたかなと思う」。当時の大宮は1999年までチームを率いていたピム・ファーベックのオランダサッカーが色濃く反映されており、三浦俊也、ヘンクと彼に続いた指揮官もその流れを継承。「今でもそういう人たちと話すと特殊なサッカー用語が出てくるというか、『ああ、近頃聞いてねえな、その言葉』みたいな(笑)」と笑う木谷は、ある意味でJクラブでは特殊な、それでいて常にサッカーの本質的な部分を問われるスタイルの中で、自身のプロとしての基盤を着々と固めていった。

ただ、準レギュラーとしてJ1昇格を経験した2004年のシーズン終了後、木谷はクラブからの契約満了を告げられる。「1年目からビビッていたけど、自分なりに自分がどういう選手かはわかっていたから、『えっ?』という感じではなかったかな」という人生で初めての“解雇”。ここから彼のサッカーキャリアはよりドラマ性を帯びてくる。

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