J SPORTSがお送りするフィギュアスケーターのオアシス♪KENJIの部屋11月のゲストは髙橋大輔さんです。11月25日のエピソード4放送の前に、【髙橋大輔時代】を佐野稔先生と振り返ります。

【髙橋大輔時代】を振り返るためのウォームアップはコチラ

男子シングル『第一次四回転時代(6.0ポイント制時代)』
2006年トリノ五輪前

技術を駆使して芸術を魅せる「表現力」の総帥である髙橋大輔さんは、アスリートの中のアスリートでもあります。
ロベルト・カルロス並に弾む、全身バネのような恵まれた体躯から、右膝前十字靭帯断裂後の奇跡の肉体改造を経て、23歳から、バネは鋼鉄と化しました。一方で、筋肉ではなく関節に柔軟性を持たせ四肢の可動域を増すことで、しなやかさは力強い華となりました。
165cmと小さな体で大きな怪我を乗り越え、弾性とパワーという相反する肉体を身一つで極めたそのフィジカルは、「小さい頃から突出していた」と佐野先生は回想されます。

【佐野先生が見た髙橋大輔時代(1)】

僕は大輔が中学生の頃に教えたことがある。その時に「まあ、なんと素晴らしい感覚だ!」と。『ジャンプを飛ぶ能力』!「これは凄いものを持ってるぞ!」っていう子だったんだね。

確かトリプルループだったと思うんだけど、「やったことない」って言うから「こうやってこうやってみ。」って口で説明したらポンッと飛んだの!合宿の4日間の内に出来ちゃった。「そんな奴が世の中にいるのか」ってビックリしましたね。(その後、佐野先生の手引きで長久保裕先生の指導も受ける。)
トリノ五輪前の男子シングル界にはプルシェンコをはじめ、日本には本田武史・(当時指導されていた)田村岳斗もいた。その日本男子の後を継ぐ存在で、ジャンプやステップで物凄い素質を持っていながら力を出し切れない、「精神面が弱い」という印象がありましたね。……だからなんて言うかなー、その頃はいまひとつ、僕も褒めていなかったと思う(笑)大輔が本当に良くなったのは……これから後の話だね(笑)

……と癒し系な佐野先生が語る「物凄い素質」は、19歳のトリノ五輪シーズンに世界で開花します。
2005年スケートアメリカでISUグランプリシリーズ初優勝・グランプリファイナル初出場3位・全日本選手権初優勝・2006年トリノ五輪8位入賞と、シニアの階段を一気に駆け上りました。
SP(ショートプログラム)『ロクサーヌのタンゴ』FS(フリースケーティング)『ピアノ協奏曲第2番(ラフマニノフ)』の演技では、四回転は決めていないものの、リズムの裏を刻む踊り、陸のダンサーに敗北感を与えるクラスの頭のアクセント(首を動かして、頭と体の動きを違えることで踊りに表情を出す)、動きで音楽にアレンジを加えるレイバックスピン、情念を発する一挙手一投足、とおなじみの髙橋大輔さんの姿があります。
怪我をする前の、制すことのないスピードと弾けるジャンプには、触れることの出来ないような19歳のアツさがありました。

お知らせ

◆フィギュアスケーターのオアシス♪KENJIの部屋 お楽しみに!
≫KENJIの部屋 特集ページを見る
≫放送予定一覧を見る

◆毎週火曜日午後10時〜 J SPORTS LIVE+オンデマンドで配信!
PC、スマホ、タブレットでいつでもどこでも見られる!
詳細はオンデマンドページでご確認ください。


スカパー!×J SPORTS J SPORTS オンラインショップ