トーナメントは荒れ模様。ロンドン五輪金メダリストのサラ・メネゼス(ブラジル)が初戦で19歳の新鋭アマンディーヌ・ブシャー(フランス)に袖釣込腰「有効」で敗れ、3回戦では優勝候補の一角と目されていたエヴァ・クセルノビスキ(ハンガリー)が戦術派のマリアセリア・ラボルデ(キューバ)に屈し、第3シードのタシアナ・リマ(ギニアビサウ)は3回戦でパウラ・パレト(アルゼンチン)に袖釣込腰「技有」で敗れ、極めつけは昨年の金メダリストで絶対の優勝候補と目されていたムンクバット・ウラントツェトセグ(モンゴル)が3回戦で日本の近藤亜美に払腰で「有効」を奪われて完敗した。

そして、その近藤亜美が大混戦の中優勝を飾り、2位がパレト、3位にはブシャーとラボルデが入賞し、ジャイアントキリングを果たした4名がその「論功行賞」としてそのまま表彰台に上がることになったという恰好になった。初出場、初優勝の近藤はまさしく快挙。混戦が追い風になったのは間違いないが、巷間評として挙げられる思い切りの良さも含め、その勝利の因の多くは近藤自身の中にあった。その中で本稿では近藤の「技」について考えてみたい。

近藤が3回戦でムンクバットを転がして「有効」を奪ったのは、彼女の代名詞である右払腰(足車)。ライバル達は近藤の勝負技が払腰以外にありえないことを熟知していたはずだ。なぜ、それでも近藤の技は掛かったのか。それは他の選手が対応できない技術を有していたからである。その技術とは一言で言ってしまえば、近藤の得意とする払腰が術者の絶対数が少ない技ということである。そして、現在女子柔道のメインストリームである欧州の技と「系の異なる」技であり彼女らに耐性がなかったからである。

近藤の払腰(足車)は、一瞬右足を振り上げてから飛び込む、日本の業師タイプの男子にその術者が多いクラシックな技法だ。右相四つの相手がこの振り上げに瞬間予測するのは右大外刈であり、採るべき(思わずとってしまう)リアクションは右足を引いてその刈り足の襲来に備えるということになる。ここで引き手(相手の右手)を引き出して払腰に飛び込むと、受けた相手は右手を前に引っ張られ、右足を後ろに引くという身体の伸び切った状態が出来上がる。この「剛体」では人間の体は踏ん張りようがないので逆らえずに右前隅に向かって宙を舞う、というのがこの払腰のダイナミクスだ。

相手に瞬間的なリアクションや重心移動を強いてこれを利用して投げる、という理合いの成り立ちがデリケートなこの手の技を習得するにはある種の特異な才能はもちろん、マスな指導では伝えきれない「コツ」を伝える職人タイプの伝承者や、技術の相互比較を成り立たせる一定数以上の術者の存在というようなその才能を取り巻く環境が必須だ。

今のところ、こういったセンス系技術の存在とそれを取り巻く環境は日本の独擅場であり、 同じ払腰や内股でも、欧州のメインストリームである頭を押さえつけて無理やり相手の体を固定することで投げつける、比較的身につけ易いパワー技とはハッキリ系統が異なる。海外選手たちは、絶対的に術者が少ない日本の伝統的な技に、耐性がなかったのだ。

今回、日本の優勝者たちが示した「勝利」の所以、バックグランドは様々。その中で近藤が示したのは新顔が「海外選手に対して技術的適性のある技を持ち込む」ことの爆発力、そして女子においては「伝統的な日本の業はその供給源として最適」であること。年配の指導者たちが口を揃える「技を錬る」行為は超モダンな競技柔道を勝ち抜く何よりの鉱脈であった。パワーファイター揃う欧州勢に日本が力で対抗するのは言うまでもなく厳しい。今後の日本のためにも、近藤が示したものは、まことに大きかった。

photo

古田 英毅
柔道サイト 「eJudo」編集長。国内の主要大会ほぼ全てを直接取材、レポートを執筆する。
コラム「eJudo's EYE」の著者でもある。自身も柔道六段でインターハイ出場歴あり。J SPORTSワールドツアー中継ではデータマンを担当。

お知らせ

◆世界柔道選手権2014!
J SPORTSでは9月8日から7日間に渡って日本人選手出場の全試合、全階級の準決勝・3位決定戦・決勝を放送します。

≫特集ページを見る
≫放送予定一覧を見る

スカパー!×J SPORTS J SPORTS オンラインショップ