身長159センチのほっそりした体はまるで少女のよう。もし街行く人が松友美佐紀(日本ユニシス)を見たら、女子ダブルスの世界ランキング3位、日本タイトル3連覇中のトッププレーヤーだと分かるのは難しいだろう。

加えて何でも見透かされそうな切れ長の目には知的さが光る。何かの研究に没頭していそうな学生のようなのだ。 そういえば、松友の成績がオール5だと教えてくれた中学の顧問がこんなことを言っていた。

「あの子はもしバドミントンをやっていなければ、東大にでも行っていたと思うんですよ」

シングルスに情熱を注いでいた10代

そんな松友は小学生時代から王道を歩んできた選手だった。しかし、それは現在、活躍しているダブルスではなくシングルスで、だ。

小学4年生から各学年で全国優勝を刻み、中学でももちろん女王に。生まれ育った徳島を離れ、進学した宮城県・聖ウルスラ学院英智高では、2年生でインターハイチャンピオンになった。
さらに多くの人が松友に非凡さを感じたのは、同年の全日本総合選手権で準決勝に勝ち進んだときのことである。当時の第一人者・廣瀬栄理子(ヨネックス)から3ゲーム20―17とマッチポイントを握り、「まさか高校生がここまでやるか」と強いインパクトを与えた。 同時に松友自身もシングルスに大きな夢を抱き、この種目に強く心は惹かれていた。

「シングルスは勝ちも負けも全部自分に返ってくるからいい。そこが魅力だと思います」

2009年、ダブルス選手としてナショナル入り

しかし、才能あふれる者だけに許される大きな悩みだったに違いない。翌年の全日本総合では、高3にしてまたしても快挙。シングルスで3位、ダブルスでも現在のパートナー高橋礼華と5位入賞したのだ。この結果、将来性を鑑みた日本協会によって、松友はダブルスでナショナル入りを果たす。

だが、これはシングルスに夢を持っていた松友にとって割り切れない現実だった。当時、こんなふうに話していた。

「ダブルスにもおもしろさは感じつつある。でも本当はシングルスをやりたい気持ちが強いです。ダブルスは正直、どこに立ったらいいかとか、どこに打てばどう返ってくるのかとか、よくわからなくて…」

周囲の願いとは違う思いがあり、その後、松友はシングルスとダブルスの二足のわらじを履いていくのである。

2011年12月、ダブルスに懸けることを決意

だが実際のところ、オリンピックの頂点を目指すならシングルスとダブルスの2種目をやり続けることは難しい。松友にも決断するときがやってきた。2011年全日本総合シングルスで2回戦負けに終わったときだった。

「シングルスとダブルスの両立が不可能でないにしろ、中途半端は嫌だと思ったんです。私はオリンピックで金メダルを獲りたい。だからダブルスだけに絞ろうと決心しました」

才能ある者が心を決めたら結果が出るのは早い。翌2012年のデンマークオープンでは、初めてスーパーシリーズへの決勝進出を果たした。優勝には届かなかったが、その後もSSで3度準優勝を飾り、今年6月のヨネックスオープンジャパン(YOJ)でとうとうスーパーシリーズ初Vを遂げたのは周知の通りである。

YOJ優勝のあと、松友は話していた。

「正直、今もシングルスよりダブルスほうが難しいと思う。1対1のシングルスとは違い、ダブルスはパートナーのことを考え、相手2人も見なくちゃいけない。 でも、いまは2人でどうすれば勝てるか、やることが明確になっているので、自分たちのプレーをしていれば勝てるという自信がある。だから、もう迷いはありません」

しとやかでありながら明晰で、凛とした雰囲気を持つ魅力的な22歳である。さらなる高みでの経験を積めば、目標はもっと現実に近づくはずだ。

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鈴木 快美
1996年、ベースボール・マガジン社に入社。バドミントン、スキーなどの専門誌の取材・編集に携わる。12年からフリーランスになり、バドミントン、登山に関する原稿を中心に執筆している。

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