今年で82回目を迎えるル・マン24時間レースの長い歴史の中で、ふたりの日本人ドライバーが総合優勝を果たしている。

[写真]日本人ドライバーとして初めて総合優勝を飾った関谷選手。表彰台の真ん中に立ったその顔はやや疲れているようにも見えるが、やはり晴れやかだ。

まず、日本人ドライバーとして最初に総合優勝を果たしたのは、現在はスーパーGTに参戦するトムスチームの監督を務める関谷正徳。関谷は静岡県出身のレーシングドライバーで、地元の富士スピードウェイを中心にレースに参戦、一時イギリスでのレースにも出場し、その後トムスチームで全日本F3000選手権や全日本プロトタイプカー耐久選手権、全日本ツーリングカー選手権などに参戦。
その後レイトンハウスに所属して、トップカテゴリーを戦うなど、日本の名だたるレースに参戦したレジェンドドライバーだ。

関谷はル・マン24時間レースにはトヨタチームからも参戦し、1992年にはTS010で総合2位を獲得。その後、1995年にはマクラーレンF1 GTRで参戦、雨が降る中でのレースで、日本人初の総合優勝を成し遂げた。関谷は「ずっと雨が降っていて、とても怖かった。いいクルマなので、勝つチャンスはあると思っていた。1位を走っていたマシンがトラブルでリタイアとなったこともあり、勝つことができて、本当にうれしかった」と、当時語っていた。

[写真]ル・マン24時間レースで総合優勝を果たした、ふたり目のドライバーとなったのは荒聖治。J SPORTSのライブ放送では解説も担当する。

ふたり目の日本人ウィナーは荒聖治だ。全日本F3や全日本GT選手権(現スーパーGT)、全日本F3000選手権(現全日本選手権スーパーフォーミュラ)などに参戦、ル・マン24時間レースには1997年にチームラークマクラーレンの一員として初参戦。1999年からはチーム郷のドライバーとしてBMW V12 LMのステアリングを握った。
その年から毎年ル・マンにトライし続けたが、それが実ったのは2004年のこと。チームは同じだが、マシンはBMW V12 LMからアウディR8に。そしてドライバーは荒聖治に加え、ル・マンのスペシャリストとも言えるトム・クリステンセンとリナルド・カペッロが揃い、マシン、ドライ−バーと、勝つための条件は揃っていた。しかし、2004年のル・マンでは、レース序盤にコースアウトして大きく出遅れた。さらに夜が明けると今度はスローパンクチャーとトラブルが次々に襲いかかり、最後の最後には同門のアウディが猛烈な追い上げで真後ろにまで迫るという事態に。しかし、なんとかそのままの状態でチェッカーを受け、荒聖治が日本人としてふたり目の総合優勝を飾った。

当時のことについて、荒は「表彰台の上では、喜びというより安堵感の方が強かったですね。ル・マンで勝ってからは、レースに対して強くなりました。安定したペースで走ることの重要さとか、クルマの状況に合わせて走ることの大切さなどといったことについて、より考えるようになりました。それとメンタルも強くなった気がします」と語る。

さらに、ル・マンで勝つということは、世界的にも知名度は上がっていく。ル・マンウィナー荒聖治は、そのキャリアが買われて、現在はBMWの準ワークスチームであるBMW Sports Trophyチームの一員として今シーズンのスーパーGTに参戦中だ。

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梅原 康之
モータースポーツジャーナリスト。モータースポーツ専門 誌の編集長を経て、フリーランスに転身。テレビ&ラジオ解説、イベント企画運営なども行う。国内外での豊富 なレース取材経験を持ち、ドライバーたちとの親交も厚い。週末は常にどこかのサーキットへ足を運ぶ。

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