『サッカーダイジェスト』という雑誌に、「スタジアムの記憶」というコラムを連載している。世界各国の有名スタジアムの歴史や特徴を紹介するコラムである。今週発売号では中国・北京にある工人体育場を取り上げた。サンフレッチェ広島がACL第5節の北京国安戦をこのスタジアムで戦ったからだ。広島は2点を先行されながら追いついて引き分け、次節で勝利すればグループステージ突破が決まることになった。工人体育場は、あのジーコ監督時代のアジアカップ(2004年)、反日ブーイングが問題になった大会の決勝戦が行われた会場だ。

日本が中国に3−1で完勝して連覇を決めたのだが、試合の後、興奮した観衆によって日の丸が燃やされたり、日本大使館の公用車の窓ガラスが破壊されたりという騒ぎになり、日本人サポーターは試合終了後2時間もスタジアムから外に出られなかったのだ。もっとも、僕はスタジアムのバックスタンド内にある「工体運動酒店」というホテルに泊まっていたので、スタジアム周辺がそんな大騒ぎになっていることも知らずに、記者会見が終わるとスタジアムの外周をぶらぶら歩いて部屋に戻ったのだが……。

この工人体育場、1959年に中華人民共和国の建国10周年を記念して建設されたものだから、築55年の歴史を持つスタジアムだ。東京の(間もなく取り壊されてしまう)国立競技場が1958年完成だから、ほぼ同年代ということになる。だが、2008年の北京オリンピックでは、北京市北部に国家体育場、通称「鳥の巣」と呼ばれる大きな近代的なスタジアムが建設されて、そちらがメインスタジアム。工人体育場はサッカーの会場として使われた(男子決勝は「鳥の巣」で開催)。しかし、今でも工人体育場は超級聯賽(スーパーリーグ)の北京国安のホームスタジアムであり、国内リーグやACLなど毎週のように北京国安の試合が行われ、その他にも、中国代表の試合や陸上競技、コンサートなどに数多く使われている。

では、「鳥の巣」はどうなってしまったのだろう? 今回の連載コラムの原稿を書くためにインターネットのオフィシャルサイトなどを使って調べてみた。たとえば、昨年2013年に「鳥の巣」ではスポーツ関係では馬術の大会が1回、陸上が1回、少年野球など少年の大会が2回、スキーやスノーボードの大会が2回開かれたらしい。サッカーはブラジル代表の世界ツアーの試合だけだった。コンサートなどにはかなり使われている。2012年もほぼ同じような傾向で、サッカーの試合はイングランドとイタリアのスーパーカップが1試合ずつ行われただけだった。

要するに、オリンピックのメインスタジアムとして建設された「鳥の巣」は、スポーツにはほとんど活用されていないのである。北京という町は城壁に囲まれた四角い町だ。そして、古い工人体育場は、その城壁のすぐ東側にある。半世紀前に建設された時、周囲には低層の集合住宅が並んでいるくらいで、何もない土地だったが、今では繁華街の一角となっている。近くの三里屯地区には外国の大使館が数多く存在するので、外国人向けのレストランやバーなども建ち並ぶ洒落た街となっているし、工人体育場の敷地内にもレストランやバー、クラブが何軒も営業している。

そんな街の中のスタジアムは北京市民に親しまれており、交通も至便。また、陸上競技場ではあるが、コンパクトな設計で、スタンドからピッチまでの距離が近く、サッカーの試合も見やすい(つまり、工人体育場が東京の国立だとすれば、「鳥の巣」は横浜の日産スタジアムのような感じなのだ)。そんなわけで、北京国安は「鳥の巣」完成以後も工人体育場を本拠地として使っているし、陸上競技などでも「鳥の巣」より工人体育場の方が使いやすいようで、工人体育場はスポーツの大会が目白押しなのだ。

『国立競技場の100年』(ミネルヴァ書房)という本を書いてから、国立競技場を巡るシンポジウムに呼ばれる機会も増えた。その時に、過去のオリンピックのメインスタジアムが、その後どのように活用されているのか(いないのか)について調べてみた。北京の「鳥の巣」のケースは、けっして例外ではないのである。

たとえば、1988年に開かれたソウルオリンピックのメインスタジアムである蚕室総合運動場。かつては、韓国代表の国際試合の舞台として多くの観衆を集めていたが、ワールドカップ競技場が完成してからはほとんど使用されなくなり、昨年の東アジアカップで久しぶりに訪れた時には廃墟のようになっていたのでビックリした(記者室からスタンドに行く階段の金属製の手すりは腐食してグラグラになっていた)。

歴史的にみると、かつてはそれぞれの都市に大きなスタジアムが1つあり、それを各競技で共用で使うのが普通だった。1923年に完成したニューヨークのヤンキースタジアムは、もちろんメジャーリーグ・ベースボールのスタジアムだが、当初は陸上競技にも使われていた。ニューヨークからロサンゼルスにドジャースが移転した当初は、2度のオリンピック(1932年と1984年)のメインスタジアムだったコロシアムが本拠地として使われた。

さすがに陸上競技と野球の共用は難しく、ヤンキースタジアムの陸上トラックもすぐに撤去されたが、1980年代くらいまでは陸上とサッカーの共用は普通のことだった。現在でもスタジアムの改装が遅れているイタリアのセリエAでは兼用スタジアムが多い。だが、最近は陸上競技場とサッカー場は分離するのがヨーロッパの主流である。

ドイツにあった兼用スタジアムは今ではほとんどサッカー専用に改装されるか、サッカー専用競技場が新設された。1972年にオリンピックが開かれたミュンヘンのオリンピアシュタディオンはずっとバイエルンと1860ミュンヘンの本拠地として使われていたが、2006年のワールドカップを前にサッカー専用のアリアンツ・アレーナが建設された。

最近のオリンピックで使われたメインスタジアムの多くは、オリンピック終了後に改装されるのが普通だ。1997年アトランタオリンピックのメインスタジアムは改装されてメジャーリーグのアトランタ・ブレーブスの本拠地となった。2000年シドニーオリンピックのメインスタジアムは、フットボール(サッカー、ラグビー、オーストラリアンフットボール)専用競技場に改装された。2012年のロンドンオリンピックのスタジアムもダウンサイジングされ、ウェストハムの本拠地となることが決まっている。

しかし、2020年オリンピックで使用される予定の新国立競技場は8万人収容の陸上競技とフットボール(サッカー、ラグビー)の兼用スタジアムとなる予定だ。「時代錯誤」の発想だ。新国立競技場は、ソウルの蚕室総合運動場や北京の「鳥の巣」のように、ほとんど使用されることのない無用の長物となってしまうのではないか……。とんでもない、税金の無駄使いである!

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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