8月6日に日本にいれば、少なくとも某国営放送を見ていれば、「今日は、68年前に広島に原子爆弾が落とされた日なのだ」ということを嫌でも思い出さざるをえない。3日後には、長崎での出来事に思いを馳せ、来週は終戦の日を迎える……。8月の前半の日本は戦争の記憶と甲子園の思い出に浸ることになる。これが、「国民的記憶」というものであり、また、この記憶を共有することによってわれわれは「日本国民」になっているわけだ。

だが、一歩、国境の外に足を踏み出した途端に、この「記憶」の共有はなくなってしまう(「知識」としてヒロシマ、ナガサキを知っている外国人はいくらでもいるが、それは日本人が共通して持っている「記憶」とはちょっと意味が違う)。同様に、各国の国民にはそれぞれの国民の「記憶」が存在する。

先月、東アジアカップのために韓国に滞在していたとき、「戦争記念館」という施設を見学に行った。今から63年前に始まった朝鮮戦争の記憶をとどめようという施設であり、古代以来の韓国が関わった戦争の展示もある。戦争記念館を訪れたのは7月26日だった。翌27日は、朝鮮戦争休戦協定調印60周年に当たるので、記念館前の広場では式典のリハーサルが盛大に行われていた(同じ日、軍事境界線の北側の平壌(ピョンヤン)では、この日を「戦勝記念日」としてさらに盛大な式典が行われた。

日本では、隣の国でそんな式典が行われるなどとは誰も知らないはずだ。それは、7月27日は彼らの「国民的記憶」であって、日本人の記憶ではないからである。東アジアカップの日韓戦のときに肖像画が登場した李瞬臣(イ・スンシン)や安重根(アン・ジュングン)にしても、韓国の国民なら誰でも知っている「国民的英雄」だが、あの絵を見てそれが誰だか分かる日本人は少数派のはずだ。李瞬臣は豊臣秀吉の朝鮮出兵(侵略)の際に水軍を率いて日本軍を破った救国の将軍であり、安重根は朝鮮を支配しようとしていた日本に対して抵抗し、満州のハルビンで伊藤博文を暗殺した人物だ。韓国人は秀吉のことを侵略者としてしか知らないし、日本人は李瞬臣のことも、当時の朝鮮王朝のことも何も知らない。

8月6日の広島での式典を見ながら、僕は先月訪れた韓国のことを考えていた。広島の式典のことを韓国でもテレビで中継し、1945年の8月に日本で何が起こったのかを少し知ってもらいたいものだ。そして、日本でも7月27日の式典を中継して、日本が統治していた朝鮮半島の人々が、日本の敗戦の後、どのようは悲惨な運命に弄ばれたのか、もう少し考えてみるべきだろう。豊臣秀吉のことを描いたドラマを韓国で放送したり、李瞬臣のドラマを日本でも放送したりして、歴史の、あるいは「国民的記憶」の共有ができないものか。

式典といえば、昨年、ワールドカップ予選の韓国対クウェート戦を見にソウルに行ったとき、僕は3月1日にソウルのタプゴル公園(パゴダ公園)に行ってみた。3月1日は、日本支配下にあった1919年に独立運動(「万歳事件」として知られる)が起こった記念日で、独立宣言書が読み上げられたタプゴル公園では当時の独立運動を称える式典が行われていた。もちろん、日本に対する糾弾の式典でもある。

これなども、もっと日本で報道されるべきだろう。互いの「国民的記憶」が交錯した、あるいはすれ違ったのが、日韓戦のスタンドだった。韓国側は李瞬臣と安重根の肖像に「歴史を忘れた……」の横断幕、そして、日本側が旭日旗を持ち出し、それを見て、互いが相手のことを非難しあったのだ。それについて「けしからん」とか、「スポーツに政治を持ち込むな」という正論を吐く人が多い。このままだと、「日韓戦では一切の横断幕や一切の応援活動を禁止しよう」などと、バカな政治家たちが言い出さないかと心配でならない。

いいではないか。お互いが、大きな注目を集める試合で互いの「国民的記憶」を思い切ってぶつけ合ってしまえばいい。今回の事件で、日本のサッカーファンのうちの何人かの人たちは、韓国人たちが何を考えているのかを学んだかもしれない。李瞬臣や安重根を見て、「あれは誰なんだ?」と思った人が何人かいたとしたら、互いを知り合う絶好の機会だったのではないか。そういう教育的な効果もある。

3月1日にわざわざ好き好んでタプゴル公園を訪れる人はいなくても、サッカーの試合を見に行ったついでに相手の国のことが少しでも理解できれば、それでいいのではないか。本当に、将来、日韓両国の間に友好的な関係が築けた日には、互いに歴史も持ち出しながら、お互いのチームの悪口を言い合いながら(悪口を酒の肴にしながら)試合を見る日が来るだろう。それが、健全な姿だ。ドイツ人が「イタリアのサッカーはクソだ」と言い、イタリア人は「ドイツのサッカーは強いけど、面白くない」と悪口を言っている。その感覚だ。まあ、セルビアとクロアチアみたいになると、行き過ぎなのだろうが。

せっかくのサッカーの国際試合だというのに、互いに遠慮して相手の悪口を言えないというのは、両国関係がまだまだ正常化できていないからである。もちろん、ある一定の限界は知った上でのことだが、サッカー場では言い合い、罵り合いがあっても良いと思う。僕は、あの横断幕が試合前に掲げられた時、末尾の「オプタ(ない)」という部分が見えたので、「あっ、何か政治的な横断幕だな」と思って見ていたのだが、「歴史を……」の後の「イッタ」という動詞は知らなかった。今回の横断幕事件のおかげで「イッタ=忘れる」という動詞を覚えることができた。大きな横断幕を作った韓国サポーターの皆さん、ありがとう。さぞ、お金もかかったでしょうね。

おや、そういえば、あの横断幕を作ったお金は誰が出したんだろう?

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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