この試合の勝利を「奇跡」という言い方をするのは間違いだ。

マイアミでブラジルに勝ったとき(1996年)は間違いなく「奇跡」と呼ぶにふさわしいほど、両チームの間には実力の差があったが、今の日本は(フル代表でも、年代別代表でも)、どんな相手に勝ったとしても、それは「番狂わせ」ではあっても「奇跡」ではない。いや、このスペイン戦は「順当な勝利」と呼ぶべき内容の試合だった。むしろ、「どうして1点しか取れなかったのか」が気になる。「2点目」というのは、相手が10人になってしまった後半の話ではない。前半の、相手が11人そろっている間にも2点目は取れたはずだ。

1人少なくなってしまった中で、後半も60%を超えるボール支配率を記録したあたりはさすがにスペインだった。だが、シュート数、枠内シュート数では日本が明らかに上回っていた。サッカーというのは、ボール支配率を競うスポーツではなく、ゴール数を競う競技なのだということを考えれば、サッカーをしたのは日本だった。

スペインは、このところ2008年のEUROに始まって、2010年ワールドカップ、そして2012年のEUROと連覇しているので、世界中のライターにとって「なぜスペインは強いのか」ということを解説するのが仕事になってしまっている。まあ、「ライター」の仕事は結果に対して「なぜ」という答えを提示するのが仕事であり、勝利チームの監督は聖人君子であるかの如く賞賛されるのが常だ。だから、「スペインが強いのはなぜか」をいかにもっともらしく述べるのかというのが、この業界の競争になっている。

だけど、実際のところスペインが強いのは「シャビとイニエスタという天才が2人いるから」でしかないのではないか、と僕は思っている。6月のEUROでも、シャビが不調の間(つまり、開幕から準決勝まで)、スペインは点が取れずに苦戦した。そして、シャビが突然好調さを取り戻した決勝戦ではスペインは大量点を奪ってイタリアに圧勝した。シャビの意味の大きさの証明となったような大会だったわけだ。ボールテクニックがうまい選手が集まって、いくら徹底的にパスをつないだとしても、フィニッシュする選手(たとえば、メッシ)がいなければ、ゴールは生まれないのだ。

そして、オリンピックに出ているU-23スペイン代表にはシャビもいなかったし、メッシもいなかった。マタのパスワークはさすがだったが、針の穴を通すようなシャビのパスのようなわけにはいかない。だから、ポゼッションでいくら上回っても、スペインは結局シュートの場面まで持ち込めず、日本が危なげなく守りきれた。スペインのビッグチャンスは、ほとんどが日本のミス絡みのものだった。「パスを回すだけで、怖さがない」というのは、これまで日本のサッカーについてさんざん言われてきたことだし、実際、スペイン戦で2点目が取れなかったわけだから、偉そうなことを言うわけにもいかないが、スペインのやり方は、これからシャビやイニエスタが年齢的に衰えていったとすれば、そういつまでも勝ち続けられるはずはない。

日本は、徹底的にパスをつなぐスペインに比べれば、ボールテクニックは劣っていた。しかし、前からでも後ろからでも激しくプレッシャーをかけて、ボールを奪う積極的な守備はすばらしくオーガナイズされていた。「前から行けるところ」と「リトリートして守るべきところ」の判断、見極めが非常に正確だったし、奪ったボールを少ない人数でつないで相手ゴール前まで運んでいく能力も非常に高かった。まあ、最後の、そのボールを相手ゴール内に運ぶことができなかったわけではあるが……。

これまで、僕はU-23日本代表の守備について批判を書き続けていた。1対1で「絶対に止めてやる」という強い気持ちが足りず、ほとんどすべての試合であっ気ない失点を繰り返していた。それが、オーバーエイジの徳永悠平と吉田麻也が入ったことによって、すっかり落ち着いてしまった。吉田は、これまでも確かに日本では最も(闘莉王を除いて)高さのあるDFだったが、クレバーでラインブレークしてボールを奪える選手に成長した。また、かつて右サイドバックとして将来を嘱望された徳永は、「あれ、あんなにうまい選手だったっけ?」と思うほど冷静に戦って、このチームの守備は大幅に強化された。

さらに、僕がずっと批判をしてきたCBの鈴木大輔が、なぜかこのところ急成長し、落ち着いたプレーができるようになっている。「余計なことは考えず、思い切りクリアしてしまう」というメンタリティーも、すっかり大人のDFらしくなってきた。もしかしたら、今野泰幸と吉田がずっとCBでコンビを組んできたために、バックアップがほとんどいないフル代表のCBに呼ばれる可能性だって出てきたように思える。失点を繰り返しながらも、使い続けてきた関塚隆監督の辛抱(あるいは、他にいなかっただけ?)が身を結んだのだ。

「オリンピックはあくまでも育成のための大会」というのが、日本サッカー協会の本音である(香川真司を呼ぼうともしなかった)。そういう意味では、鈴木の成長は大きな収穫と言えるだろう。モロッコは、サイドバックの守備など、弱点の多いチームだ。しっかり勝ち切れれば、ホンジュラス戦では主力選手に休息を与えられるし、場合によっては準々決勝の相手を選択できるかもしれない(準々決勝の対戦相手であるC組の最終日の試合は日本の試合より前の時刻に行われる)。スペインに勝った試合結果は順当なものだったが、勝点3を獲得したことの意味は非常に大きい。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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