2月18日(モーグル)、19日(デュアルモーグル)の2日間、新潟県湯沢町・苗場スキー場でW杯が開催された。特にデュアルでは、上村愛子が復活の2位表彰台、伊藤みきが3位表彰台に上がり、2年ぶりの日本開催W杯は大いに盛り上がった。

そして男子はミカエル・キングスバリー(カナダ)、女子はハンナ・カーニー(アメリカ)による、今季のW杯シーズンチャンピオン獲得が確定した。

いろんなストーリーが交錯する内容の濃い大会だったと言えるが、特にハンナに関しては、ドラマチックな連戦だった。
1日目モーグル(シングル)は、いつも通りの横綱相撲で大連勝記録を16に伸ばす。そして翌日のデュアル準決勝では、ミドルセクションでのミスが響きオードリー・ロビショウ(カナダ)に敗れ、ついに連続優勝記録が途切れたのだ。
さらに3位決定戦で精彩なく伊藤みきに完敗。泣きそうな表情で、コースを去った。
連勝ストップのショックによる戦意喪失。故のまさかの表彰台落ちか!?とも思われたが、映像はきっちりと事実を伝えていた。対伊藤みき戦では、第1エア手前でストックが折れていたのだ。そのため第1エアを飛べず、それでも意地で最後まで滑り切った。現場の観戦者には、"普通に"滑っているように見えたほどである。敗れてなお、その底力を知ったシーンとなった。
そんな彼女は「残念だったけど、改めてハングリー精神に立ち返る」と、早くも気持ちを入れ替えている模様。これを機にますますパワーアップしそうである。

[写真左]18日のW杯苗場大会シングル戦、気温マイナス10度・吹雪の中でも圧倒的なターンとエアを見せ、完璧に勝利
[写真右]W杯16連勝という不滅の記録を作った。思えば初勝利も苗場での出来事。ハンナにとってさらに縁の深い場所となった

そんなハンナはもはや生きる伝説的な女王だが、では、今までの足跡はどんなものか?過去の戦績を振り返ってみよう。

ハンナが世界の舞台に出たのは、’02季、15歳から16歳になるシーズンだった(誕生日は2月26日)。自国開催のソルトレークシティ五輪では前走を務め、世界ジュニア選手権でシングル・デュアルとも優勝する。’03季は世界ジュニア連覇、W杯3戦出場(最高8位)。そして全米選手権を制してしまう。まさしく天才少女の登場だった。
そしていよいよW杯本格参戦となった’04季、第1戦でいきなり3位表彰台。さらに迎えた第11戦苗場大会で、18歳直前のハンナは見事にW杯初優勝を飾ったのだった。このシーズンはその後もう1勝をあげ、総合4位。鳴り物入りの新人が、期待通りの活躍をしたわけだ。

’05季のハンナは、表彰台にこそ4度も立つが優勝はなし。どこかブレイクしきれないW杯の戦いだった。しかし、フィンランド・ルカで行われた世界選手権で、当時2大女王であったカーリー・トゥロー(ノルウェー)とジェニファー・ハイル(カナダ)を出し抜いて優勝。19歳でビッグタイトルを手にすることになる。大舞台に勝ったことを受け、翌年のトリノ五輪への期待も高まった。

[写真左]’04季W杯苗場大会の表彰式。この日は2月22日。18歳になる4日前の、まだ17歳の少女だった
[写真右]’05世界選手権フィンランド・ルカ大会金メダル(シングル)。19歳で初ビッグタイトル

女王への座へ順調に駆け上がると思われていたハンナだったが、この後に、やや長い試練が訪れる。
’06トリノ五輪は、スタート直後に失敗。なんと予選落ち。’07季には、膝靱帯断裂。’08季も競技復帰はしたが、まだ復活とは言えない状況だった。かつての天才少女の活躍は、ここで終わったか!?と思わざるをえなかったほどだ。

しかし、追い込まれたハンナは、’09季に、以前よりパワーアップして蘇った。初戦で優勝すると、毎試合ジェニファーと熾烈な優勝争い。結果3勝をあげ、W杯総合優勝。名実ともに女王と呼ばれる立場に立った。ただ、世界選手権猪苗代大会では調子を崩し、上村愛子に完敗することにもなったが…。
そして’10季、前年の世界選手権での敗北を教訓に、W杯前半戦は不安定ながら、本番に向け見事にピークに合わせ、バンクーバー五輪で金メダル獲得。前回五輪の屈辱、競技人生をも危うくした怪我を乗り越え、最高の勲章を手にしたのである。自国五輪金メダル獲得に全精力をかけたジェニファーとの、まさに歴史に残る名勝負だった。

’11季は、ホームでの世界選手権こそジェニファーに優勝を持っていかれたが、11戦9勝でW杯総合優勝。完全に一歩抜け、実力ナンバーワンとなった。そして、先日の’12季苗場大会デュアルで敗れるまで、2シーズンにわたる16連勝という大記録を作ったわけである。

現在あまりに強すぎる女王だが、必ずしも順調に現在に至ったわけではないことがお分かりいただけただろうか?ライバルとの熾烈なバトルを経て、悔しく苦しい思いを何度もしながら、くじけず努力を続けた。そして気がついたら、トップを独走していた。女王ハンナ・カーニーは、そんなベースがあるからこそ、とてつもない連勝記録を作れたのである。

[写真左]19歳のこの時点でも上体の安定した力強いターンの持ち主だったが、この後怪我などの苦難を経ながら、4年後に5年後に真の女王に脱皮した
[写真右]’11季W杯総合の表彰台。ジェニファー(左)の最後のシーズン、ハンナはジェニファーにW杯勝利を許さなかった。ちなみに右は、今回の連勝をストップさせたオードリーだ

Photo / Shin Okamoto

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Bravoski(ブラボースキー)
今年で創刊32周年を迎えた双葉社発刊のスキー専門誌。‘90年代中盤からフリースタイルスキーに着目し、‘98年長野五輪・モーグル種目で里谷多英、上村愛子らが活躍してモーグルが一大ブームとなる。現在ではフリースタイルスキー(パウダー、パーク、モーグル)の専門誌として年間3冊発刊している。ウェブマガジンBravoski.comは毎日更新中。

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J SPORTSでは2月、苗場大会を含む全5戦を放送!
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