5日のシリア戦(アンマン)を落とした日本にとって、22日のマレーシア戦(クアラルンプール)は今夏のロンドン五輪出場に向け、絶対に失敗できない大一番だった。時差の関係で後にゲームを行うC組1位のシリアにプレッシャーをかけるためにも、ゴールという結果を伴う勝利が求められていた。
関塚隆監督がとった策で目新しかったのは、2列目の右アタッカーに永井謙佑(名古屋)ではなく最終予選初出場の齋藤学(横浜)を先発させたこと。シリア戦で唯一のゴールを決めた永井を外すというのは思い切った決断だったが、それだけ齋藤のコンディションのよさ、グイグイと前へ行ける姿勢を買ったのだろう。9月のマレーシア戦(鳥栖)以来の復帰となった原口元気(浦和)も左アタッカーのポジションで起用。彼ら2人がシリア戦黒星で沈滞気味だったチームに新風をもたらすかどうかが大きな見どころとなった。
試合が始まってみると、彼らは非常にアグレッシブで動きにキレが感じられた。原口はいったん外で起点を作ってから中へ入ってゴールを狙う形が多く、左サイドバック・比嘉祐介(横浜)の攻撃参加をうまく引き出していた。「相手はボールが入った時は前から来ていたし、元気がタメを作ってくれるんで、自分は外を回って出るだけだった。リズムよく行けた」と比嘉もコメントしていたが、序盤は左サイドからのアタックが光っていた。
齋藤の方も球際の強さを生かし、相手がボールを持つや否や、果敢に奪いに行く。19分には彼がインターセプトしたボールが東慶悟(大宮)に渡り、前線を走る大迫勇也(鹿島)にスルーパスが出るチャンスがあった。最後はうまく合わなかったものの、齋藤のボールへの執着心が、これまで生ぬるさを感じさせることがしばしばあった関塚ジャパンをピリッとした空気に変えたといっていい。
35分に酒井宏樹(柏)が奪った先制点にもこの2人が絡んだ。大迫が中盤でヘッドで競り落としたボールを齋藤が中央の東へ渡し、そこから前線の原口へとスルーパスが通った。原口は相手をしっかり抑えながら粘って酒井へラストボールを送り、ゴールが生まれた。複数の人間が連動して生まれた先制点が彼らに大きな自信をもたらしたのは間違いない。
だからこそ、彼らは後半にそれぞれ1点ずつ奪うことができたのだろう。後半10分に酒井宏樹のクロスに反応してダイビングボレーを決めた原口の3点目は実に華々しかったし、扇原貴宏(C大阪)のミドルシュートのこぼれ球を押し込んだ後半15分の齋藤の4点目も彼らしい泥臭さが出ていた。新戦力がチームを活性化したのは、指揮官もしてやったりだろう。今回の4-0という結果に、関塚監督も心から安堵しているはずだ。
彼らが闘志をむき出しにしたことは、他のメンバーにも大きな刺激を与えた。その筆頭が大迫。試合開始早々から強引にドリブルで持ち込むなど、この日の彼にはこれまでにはないほどの気迫と闘志が溢れていた。前半終了間際に2点目を挙げ、やっと最終予選初得点を取れたことに本人もほっとしたはずだが、本人は「1点だけでは満足できない」と考えていたに違いない。だからこそ、後半頭に脳震盪を起こした後もムリを押してピッチに立ち続けた。関塚監督は原口のゴール直後にもらったイエローカードを見て、すぐさまベンチに下げる決断をしたが、大迫がしっかりと戦える状態になったことも、今後への明るい材料といっていいだろう。
今回のU-23日本代表は清武弘嗣(C大阪)、山崎亮平(磐田)、山田直輝(浦和)をケガで欠き、期待の大津祐樹(ボルシアMG)も直前になって招集できなくなった。もっと言えば、香川真司(ドルトムント)、宮市亮(ボルトン)、宇佐美貴史(バイエルン)も呼べていない。これだけロンドン世代のトップ攻撃陣がいないのにもかかわらず、逆境を跳ね返す底力があるのは、日本の若手アタッカーの選手層が厚い証拠かもしれない。果たして人材の薄いセンターバックやボランチにケガ人が出ていたらどうなっていたか…。そういう意味で、関塚監督は強運の持ち主といえるだろう。
マレーシア戦の後の試合で、シリアがバーレーンに敗れたのも、日本の大きな追い風になった。これで3月14日の最終戦は引き分け以上でロンドン切符を手にできる。かなり有利な状況となったが、1つ忘れてはいけないのは、大量4得点勝利を得られたのは格下・マレーシアが相手だったということ。バーレーンはそんなやすやすとゴールを与えてくれはしないだろう。原口や齋藤、大迫の真価が問われるのは次のゲームだ。バーレーン戦でこの日と同じくらいの活躍を見せれば、彼らがロンドン本大会のピッチに立つ可能性はかなり上がる。次のバーレーン戦は本大会出場権獲得と同時に、ロンドン五輪出場へのサバイバルゲームになる。選手たちにはさらなる危機感を持って戦ってほしいものだ。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。


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