先ずはマンチェスターの話し。あなたはマンチェスターという場所にどのようなイメージをお持ちだろうか?これは都市としてのマンチェスターということ。もちろん、フットボールを離れて。夢の劇場や“エティハド”スタジアムは無しで、ということ。そうなると、マンチェスターという街は多少頼りないところがあるような気がする。ぼくは彼の地を訪れたことがないので、自分の勝手な妄想から立ち昇ってくるイメージで表現する以外手立てがないのだが、フットボールを抜きにすると、余り心楽しい感じの街とはいえないような気がする(マンチェスターの皆さん、すみません)。同じヨーロッパの地方都市でも、例えばバレンシア、ボルドー、ボローニャなんかと比較すると、イメージされる街の明度はぐっと低い。
ぼくは若かった頃(自分が30代のオッサンになって毎朝ランニングに勤しむことになるなど想像もしなかった頃)、よくストーンローゼズというバンドのアルバムを聴いた(ああ、懐かしのエレファントストーン)。当時、洋楽を聴く若者の間では、マンチェスター出身のバンドが奏でる音楽がちょっとしたブームになっていて、ストーンローゼズは丁度、旗手のような役割を果たしていたように記憶している。彼らのインタビュー記事が雑誌に掲載されると、手にとって読んだりもした。そこで彼らの口によって語られる彼らのホームタウン、すなわちマンチェスターは、かなりパッとしない情景を連続的に想像させた。ロックスターというのは、ラフな場所で育ってきたと相場が決まっているので、彼らが語るホームタウンは、一般人の語るそれとは多少の段差みたいなものがあるのだろうが、とにかくそれはひんやりとして暗そうな場所を連想させた。それなりに時が経過しているので、今となっては実際にその時に頭の中で思い描いた風景をリアルに描写し直すことはできないけれど、それがいつか一度は訪れてみたい場所というのとは程遠いイメージだったことだけは確かである(ちなみに、今現在のオッサンになった自分は、チャンスがあったらマンチェスターに行ってみたいと思っている)。
さて、ここからがフットボールの話し。マンチェスター・シティで攻撃の中核を担うカルロス・テベスとマリオ・バロテッリは、マンチェスターでの生活を余り気に入っていないようである。ぼくも先に述べたような印象を持っているくらいなので、テベスやバロテッリが都市としてのマンチェスターに対して、「こんなシケた街からは出て行きてえもんだ」と言ったとしても(実際にそういう発言があったかどうかは定かではないが、色々と報道されている内容を鑑みると、確かに彼らがそう思っている節はある)、まったく最近の若いモンはプロッフェショナリズムが欠落しておる、とは思わない。そりゃあ、サンパウロでご機嫌に暮らしていたテベスや、ミラノでナイトライフを謳歌してきたバロテッリにしてみたら、マンチェスターはシケた街なのだろう、と一定の理解さえ示すことができる。おいおい、仕事なんだから、しっかり地に足つけてそこで働けよな、とは思わない。ぼくだってマンチェスターでの生活よりは、サンパウロやミラノでのそれにより魅力を感じるし、若かった頃の自分が彼らと同じ立場に立たされたら、公にそういう趣旨の発言をしてしまったかもしれない。前述の通りマンチェスターを訪れたことはないので、テベス、バロテッリ両名の物言いの尻馬に乗って、ぼくまでこんなこと言うのはひどくアンフェアーな事だとは思うのだけど、もし、とある選手の移籍願望の一因としてホームタウンに対する「こんなシケた街からは出て行きてえもんだ」という動機があったとしても、それはそれでやむを得ない、と思った。
しかし、本物のフットボーラーは言うことが違う。エリック・カントナである。彼は、この一連の報道を受けて、「私はプロの選手だった。街に楽しみを見出そうとは思わなかったな。最高の瞬間は常にピッチ上にあるものなのだよ」と言ってのけたのだ。カントナという人は、たまにぼくをノックアウトするのだけど、このコメントも見事にぼくを打ちのめした。最高の瞬間は常にピッチ上にある。「私にとっては、世界最高のクラブで、世界最高の選手たちと共にプレイすることが最重要事項だった」と、カントナは語る。そこがシケた街であれ、何であれ、プロのフットボーラーはピッチ上の輝きに喜びを求めよ、というわけだ。このカントナの説くプロッフェショナリズムは、ぐうたらなぼくなんかにしてみれば、かなりストイックに聞こえるけれど、この精神こそが、滾々と湧き出るフットボールの魅力の水源みたいな物なのではないかと思う。それにしても、カントナ、マンチェスターの街を擁護するコメントは一言もなかった。あの街だって住んでみると悪くないものだよ、みたいなコメントがあってもよさそうなものだけど、そういう趣旨のコメントはない。カントナ、この辺も正直で、よい。
平床 大輔
1976年生まれ。東京都出身。雑文家。1990年代の多くを「サッカー不毛の地」アメリカで過ごすも、1994年のアメリカW杯でサッカーと邂逅。以降、徹頭徹尾、視聴者・観戦者の立場を貫いてきたが、2008年ペン(キーボード)をとる。現在はJ SPORTSにプレミアリーグ関連のコラムを寄稿。


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