澤穂希や大野忍、近賀ゆかりらINAC神戸の選手たちが2ヶ月前「絶対に獲りたい」と話していた世界大会メダル獲得が現実となったなでしこジャパン。日本時間14日朝のスウェーデン戦勝利を受け、日本国内のメディアはなでしこ一色だ。15日朝の情報番組に96年アトランタ五輪日本女子代表の鈴木保監督(現イカイFCレディース)や佐々木則夫監督の前に指揮を執っていた大橋浩司前監督がダブル出演しているのを見て、本当に尋常でない事態だと実感した。18日早朝に行われる決勝・アメリカ戦に勝ったら、日本国内はどんな騒ぎになるのだろう…。今年は東日本大震災や原発事故など暗くなるようなニュースが続いただけに、ぜひ彼女たちには金メダルを獲得し、国内を凄まじい盛り上がりに導いてほしいものだ。

そんななでしこだが、佐々木則夫監督の注目度が一気に高まっている。佐々木監督は高校サッカーの名門・帝京高校出身。古沼貞雄監督は「よくチームをまとめていたキャプテンだった」と話していたことがあり、もともと集団を束ねる資質は高かったようだ。その後、明治大学を経て現在の大宮アルディージャの前進であるNTT関東に入社。社員として勤務しながら選手として活躍し、引退後は指導者に転身した。私が佐々木監督を初めて見たのは、NTT関東の監督を務めていた97年。当時から「気さくで穏やかな人」という印象だった。長年の指導者経験から選手を見極める目は養っていたのだろうが、戦力の問題と選手の自主性を尊重する傾向が強かったことが災いしたのか、チームはJFL中位を行ったり来たり。目立った結果は残せなかった。

彼が女子の指導者となり、2008年になでしこジャパンの監督に就任した時には正直、驚いた。選手たちもコーチから昇格した佐々木監督のことを「ノリさんで大丈夫かな?」と思ったという。そのノリさんがいきなり試みたのが、澤をボランチに下げることだった。

初の大舞台となった2008年の東アジア選手権(中国・重慶)で、15歳の代表入りから一貫して攻撃的なポジションを担ってきた彼女をボランチに起き、当時は実績のなかった阪口夢穂(新潟)と並べる大胆采配には、誰もが面食らったようだ。「4-4-2になった時、自分のポジションがないわと思ったら、ノリさんが『ボランチやれ』と。ビックリしたけど、何をすればいいか分かんなかったんで、マンUの試合見て、アンデルソンのプレーを勉強したりして…。でもボランチのイメージなんて全然なかった」と澤は当時のサプライズをこう表現する。

しかし「澤のよさはボールを奪う力が高いこと。奪った時が物凄いチャンスになる。澤みたいな選手がボランチにいればチームは安定する」と佐々木監督は強調。この起用法を押し切って、東アジア選手権で優勝してしまった。なでしこジャパンがその後、北京五輪でベスト4入りし、2010年アジア大会で優勝。そして今回の女子ワールドカップ(ドイツ)で決勝進出と着実に階段を駆け上がったのも、この大胆さがかなり大きい。佐々木監督の選手起用はその後も斬新である。阪口の抜擢に始まって、2008年限りで引退した池田浩美の後釜に若い熊谷紗希(浦和)を据えたり、2009年U-19女子アジア選手権(中国)でMVPを受賞した19歳の岩渕真奈(日テレ)を積極起用するなど、若手登用には非常に熱心である。そして今大会の準決勝・スウェーデン戦の川澄奈穂美(神戸)の先発起用も思い切った決断だった。独特の采配力の真骨頂がこの大舞台で遺憾なく発揮されたのだろう。

もう1つ佐々木監督がなでしこのもたらしたプラス要素がある。それは「選手の自主性を尊重すること」だ。

NTT関東時代は選手が未成熟だったため、厳しい要求をしない指導法は当たらなかったが、今のなでしこではズバリ的中している。彼がなでしこを率いるようになった時、チームには池田浩美、加藤與恵、山郷のぞみ(浦和)、澤と経験豊富な選手が数多くいた。堅の近賀や宮間あや(湯郷)も自分をしっかり持った選手たちだ。そういう今の女子に対しては、あまり多くを指示せずに見守り、時には冗談を言って気持ちを和ませる佐々木監督のようなタイプがいいのかもしれない。「絶妙の距離感」を女子選手たちと築いたからこそ、このように急激な躍進が現実となったのだろう。

来たるべき決勝でノリさんがどんな采配をするのかは非常に気になるところ。過去に1回も勝っていないアメリカを倒すには、誰も思いつかない斬新な起用も必要かもしれない。ここまで来たら、ひらめいた通りの選手操縦術でチームを勝利に導いてほしい。

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元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。