ケニーがリバプールと3年間の契約を延長した。今年1月に就任したとき12位だったリバプールを5位にまで引き上げたのだから当然だろう。ケニー・ダルグリッシュ。60歳のスコットランド人指揮官である。英国紙によると新しい契約の推定年俸は400万ポンド(5億6000万円)だという。記者会見でダルグリッシュ監督は「この独特なクラブで、再び何か特別なものを作り上げる機会を得たことを喜んでいる。最初から言ってきたことだが、もし我々がくっついて一緒になり、ともに働けば、よりよい結果を生み出すことが容易になる。そしてそれこそ結果の改善が見られた、最大の理由だ」と胸を張った。

まさにこの言葉は「ケニーマジック」の真髄を言い当てている。リバプールに「規律」と「勝者のメンタリティー」と持ち込み、わずか4カ月間で再生させた。実は今年1月、就任が発表されたとき、「過去の人」に何ができるのだろうか。どうせ短期的なつなぎ人事だろう、と踏んでいた。

その半年前のことである。リバプールは昨年6月、ラファエル・ベニテス監督の退団が決まったとき、後任監督にこのときリバプールの親善大使を務めていたケニーが、新監督へ就任する、という噂が浮上した。真相は明らかになっていないが、結局、ロイ・ホジソン監督が就任。だがチームは低迷し、昨年10月に米国大リーグ、ボストン・レッドソックスの運営会社、米国人実業家のジョン・W・ヘンリー氏がオーナーを務めるニュー・イングランド・スポーツ・ベンチャー(NESV)が買収を発表し、経営基盤が安定しても状況は変わらなかった。一時は19位にまで順位を落とし、結局今年1月8日、20戦を終えて7勝4分け9敗の12位となった時点で、ホジソン監督は退任。ケニーが臨時監督として就任が決まった。

すぐにケニーは右腕として、スティーブ・クラークを招聘した。かつてニューカッスルでグーリット監督や、チェルシーでモウリーニョ監督の下でナンバー2として辣腕をふるった、このクラーク助監督に、現場を任せたのだ。ケニーは主に選手たちの精神面の再建に専念し、「規律」と「勝者のメンタリティー」を注入したのである。

ケニーは現役時代、1977年から10シーズン以上にわたって、リバプールのストライカーとしてプレーし、リーグ3連覇などに貢献。欧州チャンピオンズカップでも3回優勝し、85年からはプレイングマネージャーとして活躍し、合計8回ものリーグ優勝を果たした。リバプールの黄金時代を築いた伝説の男だ。さらにリバプール最後の優勝監督でもある。その後ケニーは、ブラックバーンを率いてプレミアリーグで優勝し、古巣のセルティックを指揮して、リーグカップ優勝へ導いた実績がある。

この1月以来、リバプールの選手たちは、守備時にはとことんボールを追い、身体を張り、球際でのせめぎ合いもしつこく、いったん攻撃になると連動して、粘り強く攻めた。おそらくリバプール伝説の男が、指揮官として座ったことで、チームには緊張感が生まれ、選手たちの意識が変わったのだろう。負けなくなり、勝利を重ねていった。ホジソン時代は失点が1試合平均「1.35点」だったのに対し、ケニー政権下では「0.88点」。ゴール数はホジソン時代が「1.20点」だったが、「2.19点」となった。

リバプールはすでに今夏、選手補強のために5000万ポンド(約70億円)を投じるといわれている。この半年でクラブの土台を立て直したケニーは、来季からその上に第二次黄金時代を築くだろう。プレミアリーグに強いレッズが帰って来た。

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原田 公樹
1966(昭和41)年8月27日横須賀生まれ、呉育ち。国学院大学文学部中退。週刊誌記者を経てフリーのスポーツライターとして独立し、99年に英国へ移住。ウェンブリースタジアムを望む、北ロンドンの12階のアパートメントに住んでいる。東京中日スポーツやサッカーマガジンに寄稿し、ロンドン・ジャパニーズの不動の左サイドバックでもある。 »Twitterアカウント »メールを送る