世界的なスターはいないものの、チーム全体が一丸となって組織的に守り、数少ないゴールチャンスを狙うという戦い方が一致していた日本とパラグアイ。試合前には松井大輔(グルノーブル)も「自分たちに似たチームで堅くて賢い」と話していた。案の定、29日の南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦の対戦はお互いの探りとなった。ダシルバ(サンダーランド)とアルカラス(ブルージュ)の両センターバックを軸に徹底した堅守をベースに、両サイドからのクロスからゴールを狙うパラグアイに対し、日本は受けに回った。

2010年4月にパラグアイ国籍を取得し代表入りした長身FWバリオス(ドルトムント)とパラグアイの看板選手・サンタクルス(マンチェスター・シティ)の2枚看板の空中戦は迫力十分だったが、それを中澤佑二(横浜)と闘莉王(名古屋)の両センターバックがしっかりと止める。彼らの高さを封じ、セットプレー時に上がってくるダシルバとアルカラスを含めたヘディングさえ抑えておけば、とりあえずパラグアイに点を取られることはない。岡田武史監督もそう考え、「まずは失点しないこと」を第一に考えた。そのコンセプト自体は間違っていないし、選手たちも存分に応えた。今大会4試合を通じて失点2(1点はデンマーク戦のトマソンのPK)というのは32チームを通じても優れている。ワールドカップのような短期決戦はまず失点を最小限に抑えなければ勝ち上がれないことを、今回の日本の戦い方から改めて実感させられた。

しかしながら「サッカーは点が入らないことには勝てない」と遠藤保仁(G大阪)がしみじみ語ったように、日本はどうしても得点しなければならなかった。が、決定機らしい決定機は前半22分の松井の左足ミドルシュートと後半18分の右CKからの闘莉王のヘディンシュートくらい。今大会で大躍進を見せ、3点目を虎視眈々と狙っていた本田圭佑(CSKAモスクワ)も孤立する場面が多く、ゴールまでは詰め寄れなかった。「日本は組織的で素晴らしいチーム。守備の堅さは本当に見事だった。でも点が取れない。パラグアイにはバリオスやサンタクルス、バルデス(ドルトムント)がいるけど、日本に本当のFWがいない。それが残念だった」とパラグアイ人記者にも指摘されてしまった。

120分+PK戦を通して、パラグアイと日本には力の差はなかった。トラップやパスミスを数多くしていたパラグアイに比べると、個人技術の部分では日本の方が上回っていたかもしれない。それでも勝てないのは、やはり点を取れる絶対的なFWがいないから。1次リーグ3試合を見ると、カメルーン戦で練習通りのクロス&シュートから本田が1点を取ったが、あれは相手守備陣の連携ミスが幸いした。デンマーク戦の前半の2得点は本田と遠藤のFKだし、後半の岡崎慎司(清水)のゴールは相手が前がかりになった状態でスペースがあってこそ生まれた。つまり、幸運がいくつも重なっただけで、岡田ジャパンが抱える本質的な決定力不足が解決されたわけではなかったのだ。

点の取れるFWの育成はすぐに解決できる問題ではない。日本が初めて出場した98年フランスワールドカップの頃も、枠に飛ばないシュート練習を眺めながら「10年後には点の取れる日本代表になっているのだろうか…」と疑問を持ったものだ。現在U-19日本代表を率いる布啓一郎監督には「時間をかけて点を取る意識を植えつけていくしかない」と説明されたが、12年経った今も状況はフランスの頃と変わっていない。これはなぜなのか。

本田を見ていると、2008年1月にオランダへ渡り、わずか2年半の間にあれだけ貪欲にゴールを狙う選手に変貌した。「海外にいたら得点しか評価されない。『お前はいつもパス出してるばっかりじゃないか。点を取ってるのはユーチューブの中だけ』と辛らつなことを周囲から言われる」と、VVVフェンロ時代の本田は苦笑いしながら話していた。日本サッカー界もそのくらい劇的に価値観を変えなければ決定力不足の問題は解決されない。実際、今大会の日本代表を見ても、ペナルティエリア内に侵入できるチャンスはほとんどなかった。松井がオランダ戦、パラグアイで放った惜しいシュートも全てペナルティエリア外からのミドルシュート。「その前のエリアに入っていく力を見せられなかった」と松井自身も悔やんだ。

これから日本が点を取って勝つためには、ゴール前の意識と技術をより高めていくしかない。2006年ドイツ大会の後、代表を指揮したオシム監督は「考えながら走るサッカー」を提唱し、日本は32か国中5番以内の走行距離を誇るチームになった。運動量を増やし、日本人らしい組織力と勤勉さを持って戦う路線は間違っていない。が、今度こそゴール前の課題に抜本的に手をつける必要がある。そのためにも本田のように異国のリーグで結果を出す選手を増やすしかない。本田がなぜ前線で体を張って点を取れるようになったか。それをよく分析して、今後の日本サッカー界に還元していくことが肝要ではないだろうか。

元川 悦子

もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。