阿部勇樹をアンカーに置いた4-1-4-1(または4-1-2-3?)の新システムがイングランド戦のポイントだった。サイドバックも右に今野泰幸、左に長友佑都と、守備力のある2人を並べたあたりも含めて、これまでよりも、日本代表の攻守のバランスが守備に傾いた布陣だった。世界的な強豪と戦わなくてはらないワールドカップ本大会では、日本がどう戦うつもりであっても押し込まれる時間が長くなるのは当然のこと(「どの程度押し込まれるか」は、日本が選択することではなく、格上のチームが選択すること)。当然、アジア予選のときよりは守備を重視せざるを得なくなる。

そんなことは分かりきったことだっただけに、僕は「アジア予選突破が決まれば、岡田武史監督はすぐに守備的な布陣に切り替えるものだ」と思っていた。

だが、昨年9月のオランダ戦でも、岡田監督は高い位置からプレッシングをかける従来の(アジア向けの)戦い方を貫こうという姿勢を取っていた。そして、後半の途中までは日本のプレスがかかって良い内容の試合ができたが、当然のように最後の時間帯には息切れして0-3という完敗を喫した。それを見て、僕は「一度、そのままの形でぶつかって粉砕されてから、方向転換をしようとしているのか」と解釈したのだが、その後も、岡田監督は強気の姿勢を崩さなかった。

それが、その後強い相手との対戦が実現しなかったからなのか、それとも岡田監督が本気でアジア仕様のやり方で通用すると信じていたのか。ワールドカップが終わって時間が経ってから彼に聞いてみたいと思う。まさか、韓国に連敗してようやく現実の厳しさに気づいたというわけでもなかろうが……。

そして、日本代表はワールドカップ直前のイングランド戦で戦い方を変更した。

アンカーを置くことのメリットとしては、いくつかある。まず、当然、センターでの守備力の強化である。中澤佑二と闘莉王は、アジアの相手なら安心して任せておくことができるが、世界的なチームが相手となると1対1の勝負ではかなり厳しい状況が生まれる(それは、オランダ戦でも、イングランドでも明らかだった)。そこで、アンカーが2人のストッパーをサポートし、相手のトップを前後から挟みつけるようにプレーできるようにする。

第二に、アンカーがいることで、左右のサイドバックが攻撃参加しやすくなる。日本はサイドバックの攻撃参加を大きな武器にしているが、相手は当然のようにその裏のスペースを狙ってくる。まして、守備力に疑問のある内田篤人が入った場合には、明らかなウィークポイントになる。その点、アンカーを置いておけば、彼がカバーに入ることも、中澤がカバーに入ることもできる。日本がリズムをつかんでいる時間なら、アンカーを最終ラインに下げて、両サイドバックが同時に攻めに出ることもできる。

そして、アンカーを置くことによって、本来は攻撃的なプレーが持ち味の遠藤保仁や長谷部誠が攻撃に出る時間を増やせるのだ。つまり、アンカーを置くことは、守備の強化であると同時に攻撃のためにも、必ずしもマイナスではないやり方ということになる。そして、イングランド戦では、阿部がこのポジションで先発フル出場した。後半は、イングランドの速い攻めに振り回されて右往左往した感じもあったが、前半は、先ほど述べたようないくつものメリットが実現し、日本は攻守に安定感を見せた。

オランダ戦のときのように、低い位置でボールを奪ったときに無理な速いパスをつなごうとしてボールを失うこともなく、落ち着きが出ていた。アンカーを置くことによって、遠藤が(イングランドにとって)中途半端な高い位置に上がってボールを落ち着かせることができていたからだ。

ところで、阿部勇樹という選手は器用な選手で、ジェフ千葉時代からクラブでも代表でも、最終ラインでDFとして起用されることが多かった。とくに、代表ではアンカータイプのMFを置くシステムが採用されなかったこともあって、最終ラインでプレーすることの方が多かった。実際、JリーグレベルではDFとしてもそつなくプレーできていた。浦和レッズに移籍してから、DFとして浦和の優勝に貢献したシーズンもあった。

だが、僕は彼はやはり本来はMFだと思っている。浦和で活躍したシーズンに『週刊サッカーマガジン』の年間最優秀選手賞である「クリスタルアウォーズ」の選考委員として、僕は「DFとしての阿部を高く評価すべきではない」と主張して、そのおかげで彼が受賞を逃してしまったことさえある。

また、日本代表では、DFとして起用された阿部のミスで点を取られた場面が何度かあった。今さら詳しくは述べはしないが、たとえば3次予選のアウェーのバーレーン戦での失点場面がそうだ。そして、僕は阿部を批判するような原稿を書いた。申し訳ないとは思うが、やはりDFとしての阿部は国際試合では厳しいと思う。彼は、本来のポジションであるMFとして評価されるべき選手だった。その阿部が、ついにアンカーとしてイングランドという強敵相手に先発フル出場し、日本代表にとって慣れないシステムであるにもかかわらず、攻守に及第点の活躍をしたのだ。彼にはまず「おめでとう」という言葉を贈りたい。

さて、日本代表にはもう一人、稲本潤一というアンカーの有力候補がいる。次のコートジボワール戦までに稲本のコンディションが幾分かでも回復していたら、岡田監督は稲本を(たとえば45分限定でも)起用するかもしれない。

フィジカル的な強さやボール奪取能力だったら、稲本の方が阿部より上かもしれないし、稲本の場合にはボールを奪ってから、自らダイナミックに攻め上がる能力もある。一方、阿部の魅力はボールを奪った後のパスの正確さではないか。イングランド戦でも、前半に阿部のパスから攻撃が始まった場面が何度かあった。実際、阿部のパスでCKを取って、そのCKから闘莉王の先制ゴールが生まれている。阿部のパスと長谷部の前への推進力の組み合わせと、稲本と長谷部が交互に上がっていく形。どちらが魅力的だろうか?

岡田監督は、どちらを選択するのか……。そういう意味でも、やはり、もう少し前から、この形は試しておくべきだったのでは……。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授