日本サッカー協会が22日、スペインサッカー協会とのパートナーシップ協定を結んだ。育成年代の指導者養成を軸に包括的な提携ということだが、犬飼基昭会長とスペインのアンヘル・マリア・ビジャル・リョナ会長は日本代表戦にも言及。8月にも実施の運びとなる見通しで、うまくいけばホーム&アウェイの定期戦になる可能性もあるという。

この話を聞いて、私自身は正直「賛成半分・反対半分」という感想を持った。

スペインはご存知の通り、FIFAランク1位に君臨する強豪国。EURO2008(スイス・オーストリア共催)での華麗な優勝は今も強烈な記憶として残っている。シャビ、イニエスタ(バルセロナ)、シルバ(バレンシア)、セスク・ファブレガス(アーセナル)の「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者)」を筆頭に小柄で際立ったテクニックと運動量を持つ選手が活躍しているところは日本にとっても学ぶべきところが多い。パスサッカーを志向するところも日本人の琴線に触れるのだろう。

スペインサッカーに関心を抱く指導者も多い。湘南ベルマーレの反町康治監督が現役引退後のバルセロナの指導哲学を学びに行ったのは有名だし、クライフ大学出身者も日本にはいる。日本協会の原博実強化担当技術委員長もスペインサッカー信奉者だ。強化部門のトップがスペイン通であれば、協会がそちらの方に向くのも当然のことかもしれない。

この提携によって日本の指導者レベルが上がり、日本代表の強化につながるのなら文句はない。スペインのような頭抜けた強国になることは大いに期待したいものだ。が、気になるのは、日本協会の向く方向が時代のトレンドによって頻繁に変化していることだ。94年アメリカワールドカップでブラジルが優勝した時、当時の川淵三郎強化委員長(現名誉会長)はブラジル人の代表監督招聘を強く要望した。が、意中の人だった名将・テレサンターナ監督が金銭的に折り合わないと分かると、代表監督経験の少ないファルカンを強引に抜擢。彼がわずか8ヵ月後に解任されたのはご存知の通りだ。

98年フランス大会でフランスが世界王者になると、日本協会はフランスに目を向けた。同じく代表監督にはフランス人のベンゲル監督に白羽の矢を立てたが、彼に断られるとアフリカ各国で仕事をしたトルシエを監督にした。彼のパイプもあり、日本サッカー関係者はクレール・フォンテーヌ国立サッカーアカデミーに何度となく足を運び、フランスの育成メソッドを学んだ。このノウハウが2006年に開講したJFAアカデミー福島に凝縮されている。同校にはクレールフォンテーヌで13〜15歳の育成のプロとして働いたクロード・デュソー氏を招聘。テクニカルディレクターとしてカリキュラムの作成や学校運営のプロデュースを任せている。

日本代表監督は2002年日韓大会の後、同大会優勝のブラジル出身であるジーコになり、2006年ドイツ大会の後はボスニア人のオシムになったが、育成の方は長らくフランス流でやってきたことになる。そのデュソーとの契約を終了し、フランス流をやめて、今度はスペイン流にシフトし始めたというわけだ。

こうした過去を踏まえると、日本協会がこれまで「世界のトップ」を見据え、そこから最高のエッセンスを抽出して、選手育成にフィードバックしよう、としてきたことは分かる。けれども「一貫性がない」と感じるのは私だけだろうか。それに、世界の頂点と日本の距離は遠い。99年ワールドユース(ナイジェリア)で準優勝した頃より確実に実力差は広がっていると言っていい。そんな状況なのにトップレベルばかりを追いかけ、足りないものを埋めようとしているだけで、日本サッカーは本当に強くなるのか…。

昨秋に出した自著「黄金世代」(スキージャーナル社)の中で高原直泰(浦和)が話していたことが、実に印象的である。

「日本では世界のトップとばかり比較しますけど、彼らのような選手が沢山いるわけじゃない。日本はそういう存在を取り上げて比較をしますけど、一番上の人間を見ても比較は難しいし、現実的じゃない。彼らほど強烈でなくても、いい選手は世界に沢山いますから。基本的にFWが海外に出て結果を出すのはそんなに簡単じゃないんですよね」。実際にアルゼンチン、ドイツへ渡り、世界の厳しさを実感している選手だからこそ、一握りの頂点と日本の距離を実感しているのだろう。そんな彼が指摘する通り、頭抜けた選手を見るより現実に近いレベルを徹底的に分析してフィードバックした方が強化の近道かもしれないのだ。

しかしながら、もう日本協会はスペインと提携を結んだ。スペイン流を目指すと決めたわけだ。ならば、腰をすえてスペイン流を追求してほしい。「あっちへ行き、こっちへ行き」というのが一番よくない。過去の反省をしっかりしたうえで、指導者養成・選手育成に取り組んでもらいたい。

元川 悦子

もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。