南アフリカとの試合を終えた翌日、シンガポール乗り換えで香港まで移動してきた。南アフリカでは、3泊4日。丸3日ほどの短い滞在だったが、じつに多くのすばらしい経験をさせてもらった。

前にもこのコラムで書いたと思うが、僕が高校生、大学生だったころに、南アフリカではアパルトヘイト政策の下で、あのネルソン・マンデラ前大統領をはじめとした黒人運動化が逮捕、投獄あるいは惨殺されて、厳しい抑圧政策が強行されていた。自分が多感な時代にそういうニュースを読んで育っただけに、南アフリカ訪問することになって、大きな好奇心を持っていた。

当時は、黒人たちはもちろん選挙権もなかったし、都市部に自由に居住することもできなかった(白人の企業で労働者として働く黒人たちは、一定の居住地に縛り付けられ、自由に行動することもできなかった)。異人種同士の結婚は許されなかったし、結婚に至らずとも、異人種間の性交渉すら非道徳とされて、取り締まられていたのである。

だが、その後、南アフリカの白人政権も世界の圧力に屈して、1994年にアパルトヘイト政策は廃棄され、すべての人種に選挙権が与えられた選挙でマンデラが初代大統領に選出されたのだ。たった15年前のこと。つまり、ドイツでベルリンの壁が撤去され、日本でJリーグが始まったより後のことである。実際に彼の国を訪れてみると、その15年間で、南アフリカの社会は僕が想像していたよりも、はるかに早く、そして大きく変化してきているようだった。

たとえば、異人種同士のカップルは、どこにでもいるというようではなかったが、特別に珍しがられるような存在ではなかった。今では、黒人の間でも富裕層あるいは中間階層が誕生してきており(もちろん、黒人の中の貧富の差が拡大していることが社会不安を生み出しているのだが……)、そうした黒人と白人が互いにパートナーとして働いている場面はどこでも見かけた。

アフリカ大陸の国々というのは、ほとんどの国で複雑な民族構成を抱えている。

なぜなら、現地に存在したアフリカの黒人たちの各民族の居住地とはまったく関係なく、アフリカを支配し、より徹底的に搾取しようとしたヨーロッパの列強が、勝手に線を引いてできあがった「国」だからである。多くの国で、国境線が海岸から直角の直線で引かれているあたりが、そのことを如実に物語っている。ナイジェリアなどは250ほどの民族が存在し、各民族はヨルバ人、イボ人、ハウサ人の3大民族に属しており、国民は「ナイジェリア人」という意識よりも、それぞれの民族に対する所属意識の方が大きいのだ。

南アフリカという国は、さらにその民族構成が複雑だ。15年前までこの国を支配していた白人も、17世紀の初めにケープタウンに殖民した、より保守的なオランダ系の人たち(アフリカーンス人)と後にこの国を支配することになったイギリス系の人たちがいて、奴隷解放や公用語としての地位を巡って長い間、対立関係にあった。20世紀の初めには、両者は戦争までしている。いわゆる「ボーア戦争」であり、そのときにナタール州での戦闘で多くのイギリス兵が戦死した現場がスパイオンコップという丘。あのアンフィールドロードのゴール裏が「コップ・スタンド」と呼ばれる語源となった古戦場だ。

もともと、現在この国が存在するアフリカ南部に住んでいたのは、狩猟民族であるサン人、狩猟採取民族であるコイ人だった。よく似た民族で、合わせて「コイサン人」と呼ばれる彼らは早くから白人の下で働くようになり、後に奴隷として移入されたマレー系やマダガスカル系の人たちや混血と合わせて「カラード」と呼ばれている。

一方、いわゆる黒人。バンツー語系の言語を話す黒人たちは、コイサン人よりも数も多かったし、経済力・政治力もあったため(天然痘などのヨーロッパ人が持ち込んだ病気にも抵抗力があった)、激しく抵抗を続けた。そして、今では彼らが南アフリカを支配しているのだ。だが、その黒人も9つの大きな民族に分けられる。彼らが、北方から南アフリカにやってきたのは、ちょうど白人たちがやってきた時代とぶつかったのだ。そして、白人(アフリカーンス)と黒人(コーサ人)が接触した。もし、黒人がやってくるのがあと300年遅かったら、この国は北アメリカやオーストラリアと同じように白人の国になっていただろう。もし、黒人がやってくるのがもう少し遅かったら、白人たちがこの地を征服することは出来なかっただろう。

1960年代以降、多くの国が独立し、黒人政権が生まれたが、どこの国でも黒人政権の誕生とともに、それまでその国を支配していた白人の役人や技術者が帰国してしまったので、経済的に出遅れる理由の一つとなった。だが、南アフリカの新政権は、白人と強力して国造りをすることを選択した。他の殖民地の白人と違って、この国の白人の多くは何世代も前にここに移り住んだ人たちで、帰るべき母国もなかったのだ。彼らは、「南アフリカ共和国」と呼ばれる国の領土の中で、ともに協力して国を作っていく以外の選択肢はないのである。

黒人政権が、白人と協力していこうという意思を国内に向けて、また世界に向けて明らかにしたのが、1995年のラグビーのワールドカップだった。もともと、ラグビーというスポーツは、白人多数派で、この国では最も保守的で、アパルトヘイト政策を推進していたオランダ系のアフリカーンスの人たちが好んだスポーツだった(地元開催のワールドカップで優勝した南アフリカ・チームには黒人選手はたしか1人しかいなかったはずだ)。そのため、それまでは黒人たちは、南アフリカ・チームの対戦相手を応援するのが普通だった。

だが、政権を取った翌1995年に南アフリカで開催されたワールドカップで、マンデラ大統領が自国のジャージを着込んで、南アフリカの白人チームを応援したのだ。これで、白人たちも黒人政権が自分たちを追い出すのではないかという恐れをなくして、両者の和解が一歩前進したのだ。

それから、14年、白人と黒人が協力して統治する南アフリカ共和国は、サッカーのワールドカップの開催を待っている。サッカーは、もともと黒人たちの間で人気のあるスポーツだった。今でも、ラグビーの国際試合では観客の多くが白人だというが、サッカーは黒人も白人も参加し、応援するスポーツなのだ。「和解」をますます強化するためには、絶好の機会と言っていい。

南アフリカは距離も遠く、日本では犯罪の多発などのネガティブな面の報道が多いが、サッカーというスポーツが、この国の国民を1つにして、国造りのために役に立つのはけっして悪いことではない。

後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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