2009年シーズン最初のタイトルが争われた3日のJリーグヤマザキナビスコカップ決勝(東京・国立)。カボレの電撃中東移籍や石川直宏、長友佑都、茂庭照幸ら負傷者続出で苦戦必死と見られたFC東京が、試合前の下馬評の低さを覆して川崎フロンターレを2−0で撃破。5年ぶり2度目のタイトルを手にした。
シュート数は10対17。いつも通り、川崎が猛攻をしかけ、東京が粘り強い守備で応戦する格好となった。前半22分にニューヒーロー賞を獲得した米本拓司の意外性あふれるミドルシュートが決まり、東京が先制。しかし今季2度のリーグ戦でも、彼らは先行しながら川崎に逆転負けを食らっている。同じ展開も考えられたが、この日は違った。相手にスペースを与えず、90分間集中して運動量を落とさなかったのだ。逆に川崎は大舞台での失点に浮き足立ち、焦って強引な仕掛けに出るが、最後のところで詰めを欠く。そして後半に平山相太に決定的な2点目を与えた。
その後の城福浩監督の采配も冴え、長友のジョーカー的起用、終盤の平松大志、佐原秀樹投入による守備固めも効いた。川崎はタイトルにこだわりすぎるあまり、自滅に近い負け方をした。関塚隆監督は「ウチの弱点が出た」と大いに落胆し、中村憲剛ら選手たちも呆然とするしかなかった。
2004年のナビスコ王者を経験している今野泰幸は「前回はメチャメチャ嬉しいと満足してたけど、今はもっとやらなきゃと課題を探すようになった。そんな欲が出たのも、城福監督に普段から『上を目指せ』と厳しく言われているから」と強調していた。昨年J1最終節・ジェフユナイテッド千葉戦での苦い逆転負け、今季序盤戦の紆余曲折などを見ていて、正直、私自身も城福監督の手腕に疑問を持ったことはあった。が、ここまで選手をタフにできる監督は少ない。熱血漢の指揮官が選手に「厳しさ」を植えつけたからこそ、チーム全体のメンタリティに変化が起きたのだろう。
1つの面白いエピソードがある。10月17日のJ1第29節・柏レイソル戦で、石川が予期せぬ大ケガを負った後のことだ。城福監督は田邊草民、中村北斗、大竹洋平の若手3人を立て続けに出した。が、彼らが涙で退場した石川に報いるような熱いハートを感じさせなかったことから怒りが爆発。試合後のミーティングで衆人環視の中、3人を怒鳴りつけようとした。が、「草民、北斗」と呼んでも返事がない。2人はドーピングだったのだ。そこで3番目の大竹にとばっちりが行った。「洋平、お前は何なんだ」と彼は3人分の説教を浴び、号泣して帰っていったという。
この件について、城福監督に詳しく聞いたところ「個人個人を呼んで注意する監督は沢山いるかもしれないけど、僕はチーム全員を相手にする。だから個人攻撃になるかもしれないけど、みんなの前で怒鳴る。それくらいでへこんで努力をやめるような選手はその時点で終わり。その後、彼らがどう奮起するかが一番大事なんだ」と説明していた。
今回のナビスコカップ決勝のメンバーに田邊と大竹の名前はなかった。彼らは指揮官の要求に応えられなかったから大舞台に立てなかったのだ。逆に米本や椋原健太、権田修一ら若手は逆境も跳ね除けられる選手と判断されたから、優勝メダルを手にできた。サッカーは競争に勝たなければ何も始まらない。極めてシンプルなことなのだが、この5年間、東京の選手たちはどこかで基本原則を忘れていたのではないか。
「俺だって城福さんには容赦なく言われる。ミーティングだって悪いところばっかり。なんでそんなことするのかと疑問に思ったけど、成長するためにはダメなところから目をつぶっちゃいけない。自分が何をすべきか考えることが一番大事。それが分かったから、へこまなくなった」と今野も話す。彼にしても、平山にしても、確かに今季途中からは自信を前に出すようになった。平山は原博実前監督にどれだけ「ヘディング練習をしろ」と言われても長続きしなかったのに、今では自分から進んでやっている。この優勝で「明日4日は休んでいい」と言われているのに、自主トレに行く意欲を見せたほどだ。
頭打ちだった彼や徳永悠平、梶山陽平、石川らを蘇らせ、米本ら若手を使えるようにし、5年間の停滞を打ち破った城福監督の功績は大だ。ゆえに就任2年目にしてタイトルを取れたのだろう。とはいえ、東京は日本の首都にある唯一のJ1クラブ。カップ戦タイトル1つだけで満足してもらっては困る。リーグ戦で勝てるような安定感を身につける必要があるのだ。指揮官が名将の仲間入り果たすのは、その時ではないか。
「僕は城福さんに呼ばれて東京に来た。今まで苦労してきた分、監督にはもっと注目されてほしい」とキャプテン・羽生直剛もより一層、指揮官を支えていくという。
「城福トウキョウ」は今後、どこまで高みに上るのか。今回の優勝を力強い一歩にしてほしいものだ。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。


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