FCバルセロナがパスをつなぐ攻撃サッカーを展開して、見事ヨーロッパの王座に就いた。立ち上がりの10分間、クリスティアーノ・ロナウドのFKなど、マンチェスター・ユナイテッドの猛攻を受けたものの、10分にイニエスタのテクニカルなドリブルとエトーのスピードによって先制ゴールを決めてからは、以後一度もイニシアチブを奪われることなく、2−0という完勝だった。

マンチェスター・ユナイテッドの選手たちは(若干1名を除いて)守備でも激しいプレーを見せたのだが、イニエスタ、シャビ、メッシの3人は、どんなに厳しいプレッシャーを受けても難なくボールを保持して、自由にボールを動かすことができた。まさに、技術力の勝利であり、メッシを中央に置き、メッシを頂点にイニエスタ、シャビでトライアングルを作るという「ゼロ・トップ」というアイディアの勝利だった。

たとえば、草サッカーレベルだったら、10メートルの距離にDFがいても、ボールを持っている選手はプレッシャーを感じるだろう。だが、相手がメッシだったとすれば、メッシとDFの距離がわずか50センチであったとしても、そのDFが正しい方法でボールを奪いに行かなければ、メッシにとっては無人の広野と同じということになってしまう。

FCバルセロナという「理想のサッカー」が、マンチェスター・ユナイテッドの「リアリズム」を破ったのである。世界中の多くのクラブが、このバルセロナという基準を目指して切磋琢磨すれば、サッカーというスポーツはますます面白くなっていく。……のだといいのだけれど、事はそう単純ではないのかもしれない……ということを、ローマ・ファイナルを見た翌日に考えた。

ヒントは「チェルシーはバルセロナの攻撃をほぼ完封できたのに、なぜマンチェスター・ユナイテッドは守りきれなかったのか?」という点にある。セカンドレグの最後の最後にイニエスタがシュートを決めなかったら、今頃は「バルセロナの理想を追求したサッカーは美しいが、それではやはり勝てない」と、誰もが思っていたことだろう。

チェルシーとマンチェスター・ユナイテッドでは、守り方がまったく違った。

チェルシーは、バルセロナの選手たちの技術力が高いことを素直に認めて完全に引いて守った。ボールを持たれるのは覚悟のうえ、自由にドリブルさせてもいいと考えて、スペースを埋めたのである。バルセロナの選手がドリブルで攻め込んできてもボールを奪いには行かず、ただ、パスを出すためのスペースを埋め、パスのカットを狙い続けた。「リアリズム」に徹した守り方だった。

だが、決勝戦でのマンチェスター・ユナイテッドは、バルセロナの選手が持っているボールを奪い、そのドリブルを止めようとしたのだ。そして、それを完璧にかわされた。チェルシーという「見本」があったのに、マンチェスター・ユナイテッドはどうしてそういう守り方をしなかったのだろうか? たとえば、準々決勝のポルトとのセカンドレグ(アウェイ)のように、マンチェスター・ユナイテッドはその気になれば、ベタ引きの守備的な試合だってできる。だが、彼らはそうはしなかった。

自分たちの守備力に自信を持っていたのだろう。あるいは、決勝戦という舞台で、昨季の王者としてのプライドが、ベタ引きの守備をすることを躊躇させたのか。あるいは、フース・ヒディンクは真のリアリストだったが、サー・アレックス・ファーガソンは、リアリズムに徹し切れなかったと言うべきか……。しかし、そういう守備では守りきれないことが証明されてしまったのだ。来季以降、バルセロナと対戦するチームは、みなチェルシーのように守ってくるだろう。

さて、世界のサッカーが「われわれが望むような方向で」進化し、世界中のチームがシャビやイニエスタやメッシのような個人技術を身につけたとしたら、どうなるだろうか?

そう、世界中のチームは「チェルシーのように」守るだろう。サッカーというスポーツの醍醐味は、中盤での攻防にある。手でボールを扱うスポーツでは、中盤でのターンオーバーというのは、ほとんど発生しない。手でボールをつかんだり、抱えたりしている相手からボールを奪うのは、相手がミスをしない限り不可能だからだ。あるいは、ラグビーのように相手の体に対するタックルを認めるしかない……。だから、ハンドボールでは、相手がボールを持つと、守備側はいっせいに自陣ゴール前に戻って壁を作って守る。中盤の攻防はなくなってしまう。

だが、サッカーは手を使えない。ボールを「持っている」といっても、抱えているわけではないのである。「持つ」という字は手偏であって、「足偏に寺」という字は存在しない。サッカーのキープというのは、ただ、自分の足の近くにボールを置いているだけであって、守備側から見ればボールは晒されているのだから、いつでもボールを奪える可能性がある。実際、中盤でのターンオーバーはサッカーでは日常的な出来事だ。

では、世界中の選手がイニエスタやメッシ(あるいはそれ以上の存在)になってしまったらどうなるか?中盤でボールを奪うことは不可能。自殺行為のようなものだ。そうなったら、どこのチームもハンドボールと同じように、自陣ペナルティーエリア付近に戻ってゴール前のスペースを固めて、フィニッシュの前のラストパスを奪うか、シュートのこぼれを拾うしかなくなるだろう。「中盤での攻防」、「オフサイドライン」を巡る攻防という、現在のサッカーの中で、最もスリリングな場面がなくなってしまうのだ!

そうなったら、ルールを変更して、サッカーでもラグビーのような楕円球を使うことにしなければならなくなるのかもしれない。

後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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