12月6日の最終節を迎える前、J1優勝は鹿島アントラーズ、J2降格はジェフ千葉と東京ヴェルディ、J1との入替戦参加チームはベガルタ仙台だと見ていた。その予想通り、J1タイトルは鹿島が持って行き、J1との入替戦に挑むJ2・3位のチームも仙台に決まった。鹿島の安定感は名古屋グランパスや川崎フロンターレより上を行っていたし、彼らには優勝経験豊富な選手が多かった。対戦相手がリーグ戦17試合未勝利のコンサドーレ札幌だったこともツキがあったといえる。仙台に関しても、最終節をホームで戦えたこと、相手が格下のザスパ草津だったことが味方した。この結末は順当といえる。
ところが、J1残留争いの方は思わぬ結果が待っていた。最終節を残した時点で勝ち点35の千葉がFC東京を劇的な逆転劇で下し、敗れた東京Vとジュビロ磐田を抜いて15位で終了。奇跡のJ1残留を果たしたのだ。これにより、東京Vは自動降格を強いられ、磐田は入替戦参戦を余儀なくされた。
この千葉のゲームをフクアリまで取材に行ったのだが、まさかの展開に驚かされるばかりだった。キックオフから後半20分のところまでは明らかなFC東京ペース。千葉にはチャンスらしいチャンスがほとんどなかった。ミラー監督は前節・清水エスパルス戦の3失点黒星のダメージを払拭するため、キャプテンの下村東美とGKの岡本昌弘、攻撃のキーマンの1人である谷澤達也を外すという大鉈を振るったが、その効果が思うように出ない。4-2-3-1の布陣ではアウトサイドの攻略が重要なポイントになるが、右のレイナウドは長友佑都に徹底的に封じられ、左の深井正樹も徳永悠平とのマッチアップに勝てない。そうなると、前線の巻誠一郎は孤立してしまう。彼は彼なりに体を張ってゴールに飛び込もうとしたが、数的不利の中では得点に結びつけるのは難しかった。
しかし、後半20分過ぎから試合の流れがガラリと変わる。大きかったのは監督の采配だ。FC東京の城福浩監督がガムシャラにチームを引っ張っていたキャプテンの羽生直剛を後半18分に下げたのに対し、ミラー監督は後半11分に新居辰基、18分に谷澤を投入した。これにより、東京は精神的な支柱を失いペースダウン。逆に千葉は2人が前線を走り回ってボールを追い、カウンター攻撃を仕掛けることで東京守備陣をかく乱する。そして後半29分に新居が1点を奪うと、千葉が完全に主導権を握る。この3分後に谷澤が同点弾を叩き込み、その2分後には新居がペナルティエリア内で今野泰幸のファウルを誘ってPKをゲット。これをレイナウドが確実に決めて逆転に成功したのだ。さらに後半40分には相手ディフェンスラインの背後を巧みについた谷澤が抜け出し4点目。わずか11分間の鮮やかな逆転劇には誰もが信じられない思いだったに違いない。
今季の千葉は苦難の船出を強いられた。イビチャ・オシム監督時代の中心だった羽生直剛(FC東京)、山岸智(川崎)、水本裕貴、佐藤勇人(ともに京都)、水野晃樹(セルティック)の日本代表経験者5人がチームを離れ、十分な戦力補強のできないまま開幕を迎えたからだ。ヨジップ・クゼ監督はジェフリザーブズから引き上げた松本憲や米倉恒貴ら若手を重用したが、勝ち星が遠い。5月の解任時には11試合9敗2分の勝ち点2という惨状。千葉のJ2降格は規定路線だった。
ここにやってきたのが、リバプールの元ヘッドコーチのミラー監督。指揮官は使える選手と使えない選手をハッキリと選別。松本ら若い選手、移籍組の馬場憂太(現山形)や楽山孝志(現広島)らを外し、足りないところは他チームからレンタルで補強した。戸田和幸、深井正樹、早川知伸らはミラー監督のもとで力を発揮した選手たちだ。サッカーもリスクを最小限に抑えた守備重視のスタイルに変えた。「しっかりブロックを作って守ることができるようになったのは大きい」と巻も前向きに話した。
指揮官の改革は徐々に結実。後半戦スタートとなった7月26日のヴィッセル神戸戦から10月18日のアルビレックス新潟戦までは11試合を7勝3分1敗のハイペースで戦った。この後、再び足踏み状態に見舞われるが、この時の巻き返しがなかったら、最終節まで生き残ることさえ不可能だった。指揮官がFC東京戦で最後にやったのは、テクニカルエリアに出て派手なパフォーマンスを選手やサポーターをあおり続けることだった。イングランドではピッチとスタンドが一体となって戦うのが当然だ。その熱い雰囲気を彼は作りたかったに違いない。そんなパッションが奇跡を起こす一因だろう。
明確な改革路線があった千葉と、フロントの迷走、フッキに振り回されたことによる資金難など、最終戦を前にした大量解雇など不手際が多すぎた東京Vでは結末が違うのも当然だ。磐田にしても、オフト監督への交代が遅すぎたし、中途半端な世代交代が続いている。苦境に陥ったチームを立て直すためには、ハッキリした方向性がないとダメ。今季の千葉はその重要性を示してくれた。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。


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