男子の試合でも、女子の試合でも、東アジア4か国のなかで、日本、韓国のサッカーと他の2国のサッカーとでは、大きな開きがあることがはっきりした。前者が選手が動いてスペースを作り、そのスペースを利用してパスをつなぐ、要するに「頭を使った近代サッカー」であるとすれば、他の2か国、とくに中国のサッカーはロングキックを多用し、そこに走りこむ、「昔ながらのサッカー」ということができる(たとえば、中国対北朝鮮の試合はイエローカードが8枚乱れ飛び、中国選手2人が退場となった)。

だた、日本は海外組はタイ戦以来招集しておらず、また、国内組の中からも主力が何人か抜けた状態だったし、一方の韓国も、ワールドカップ予選には招集した海外組は不在。若手主体の1.5軍クラスのチームと言ってもよく、ともに北朝鮮相手に思わぬ取りこぼしで引き分けてしまい、同勝点で並んでの最終戦での決戦となった(北朝鮮には鄭大世=川崎フロンターレ=という大会屈指のストライカーがいた)。

最終戦を見てはっきりしたことは、その日韓両国の比較でも、サッカーの質の高さという面では間違いなく日本の方が上だったということだ。

日本は、中国戦と同じく田代有三のワントップでスタートした。その田代を、2列目の3人(遠藤保仁、山瀬功治、橋本英郎)がつぎつぎと追い越していく。短い距離のパスをすばやくつなぎ、すぐにスペースに展開。2列目の3人にボランチの中村憲剛も絡んでのポジションチェンジも激しい。

7分、右のスローインから田代がヘディングでつなぎ、橋本が戻し、中村が左に展開。さらに山瀬、遠藤、左サイドバックに入った加地亮、そして再び山瀬とパスが面白いようにつながった。12分にも、こんどは左サイドにいた鈴木啓太から遠藤、加地、遠藤そして中央の鈴木を経由して右の中村、さらに右サイドバックに定着した感のある内田篤人、橋本、中村とつながっていく。こうして、日本が立ち上がりから快調に攻撃を続けていた。ところが、15分、日本は、韓国に先制点を許してしまった。中盤から大きく左に開いたボールを朴源載(パク・ウォンジェ)が折り返し、これを廉基勲(ヨム・ギフン)が決めたのだ。数少ないチャンスを決めた韓国が先制した。

日本も、その後、よく追いかけた。だが、失点直後の17分に鈴木啓太が放ったロングシュートは右のポストをたたき、35分の山瀬と中村の連続シュートも相手選手にブロックされ、結局前半は韓国リードのまま終了。パスのつなぎのうまさでは、日本が韓国を圧倒し、ボール支配率でも韓国をかなり上回っていたはずだ。だが、サッカーの難しさは、ゲームを作ることと、ゴールを決めることはまた別の問題だというところにある。

最後のところまでボールを追うのか、途中で淡白になるのか、ここぞというところで体を投げ出すことができるのか否か。サッカーの得点というのは、そうしたことの積み重ねで決まる。そして、そうした部分(だけ)は、韓国の方が明らかに上回っていた。「その差」が、0-1というスコアに反映されている。もちろん、シュートがポストに当るというのは不運でもあったが、運・不運というのもサッカーの得点には付き物だ……。

結局、後半もCKからの山瀬のゴールで日本が追いついたものの、逆転ゴールは奪えず、1-1の引き分けとなり、3試合の総得点数の差で韓国が優勝。日本は2位に終わる。この大会を、岡田監督は選手のテストとして考えてスタートした。新戦力の活躍は、明るい材料だ。

岡田監督になってから右サイドバックに定着した内田は、まだまだ守備には不安があるが、攻めの面では自分の持ち味を完全に発揮できるようになった。そして、この大会で代表デビューを飾った田代は、初戦の前半こそ戸惑いもあったが、その後は貴重なターゲットとしてヘディングでも足元のパスでもよくキープし、MF陣の積極的な攻撃参加を引き出した。さらに、岡田監督がぶっつけでMFとして起用した安田理大も、突破力という持ち味を発揮。テストとしては収穫の大きな大会だった。

一方、左サイドバックは、駒野友一、加地亮が試されたが、相変わらずの人材難が続いている。さらに、水本裕貴、山岸智など何人かの選手は期待されたパフォーマンスからは遠く、また、岩政大樹、前田遼一は負傷で戦列を離れてしまった。「テスト」でスタートした東アジア選手権だったが、最後は「テスト」というより、選手の「やり繰り」といった感じで、橋本の2列目、安田のトップ下など、本来とは違うポジションでの起用を余儀なくされた。

もっとも、「テスト」という意味では、合格者を決めるだけでなく、戦力として厳しい選手を見極めることにも大きな意味はある。

そして、「テスト」や「やり繰り」で、本来のポジションとは違うところで使われ、お互いのコンビネーションも確立できていない状況だったことを考えれば、韓国相手にあれだけの試合ができれば、とくに問題だとは思えない。「相手も1.8軍……」といったことは問題ではなく、日本チームの出来の絶対値としての話である。パスのつなぎ、パス・スピード、2列目からの飛び出しといった、グループ戦術レベルでは、日本はアジアの中でも抜きん出ていることが再び証明された。中澤、鈴木、中村憲、遠藤という中軸は確立されており、トップにも田代という新戦力が浮上した。

しかし、同時に最後のツメの甘さで無用な失点をしたり、ゴールを奪えなかったりするという、課題をはっきり意識させてくれた大会でもあった。さらに、左サイドバックなど、いくつかのポジションの戦力を今後発掘していなかければならないこともはっきりした。勝敗ということでは、あれだけの戦いをしながら優勝に届かなかったのは非常に残念な大会だったが、「テスト」あるいは「課題の洗い出し」という意味では、優勝を逃したことも含めて、非常に有意義な大会だったと言えよう。

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後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授