2007年03月15日
ちばあきお 七三太朗(原作)『チャンプ
』 集英社(2004) 文庫全2巻
どこまでも素朴な作品です。主人公太一と祖父は人里離れた山小屋で暮らす、自他共に認める「田舎者」。親切で純朴な人間です。そこへ合宿にやってくるプロボクサーとコーチも実に出来た人間で、彼らの訪問をきっかけに太一はボクサーを目指します。
上京した太一が入門するジムの女性会長は、有望な選手をジムに住まわせ、トレーニングをつけ、選手ごとにカロリー計算をした食事まで作る敏腕。さらにこのジムはラジエーターの製造工場まで経営しており、入門すると職まで世話してくれます。なんと幸せなジムなのでしょうか。
ボクシングといえば「不良」です。本作でも高校チャンピオンにして鑑別所帰りの不良君が入門してきますが、この少年までいい奴です。当然対戦相手もさわやか。勝つためにバッティング等の小技を使ったりはするものの、試合終了後は気持ちよく負けを認めます。
ボクシング描写は極めてオーソドックスで真面目です。トンデモトレーニングや必殺技などは登場せず、淡々とトレーニングをし、試合に臨みます。
『あしたのジョー』や『がんばれ元気』は言うに及ばず、ボクシングマンガは暗くて過酷な話しが多いものです。こんなほのぼのした作品も、たまにはいいのではないでしょうか。
■初出:『月刊少年ジャンプ』集英社(1984)
【ストーリー】
人里離れた山奥で祖父と2人で暮らす八津田太一は、合宿のために山を訪れたプロボクサーを見て、ボクシングに憧れを抱く。1年間練習を続ければ入門を許すというコーチの言葉を信じ、太一は厳しいトレーニングを始めるのだった。
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2007年03月05日
松本大洋 『ZERO
』 小学館(1995) A5新装版上下巻

松本大洋の作品は、どうしても深読みしたくなる仕掛けに満ちている。芸術、文学、思想、社会学など様々な分野の識者が、松本作品を各々のフィールドから語ろうとする(*1)。一方、単純なスポーツマンガとして『ZERO』を読んだ場合、「日本人がミドル級をあれだけ防衛(第1話で26回目を達成)することなど不可能」という一言で退けられてしまいがちだ。
作者は一体何を思って本作を書いたのだろうか。
ボクシングマンガには、『あしたのジョー』という金字塔が存在する。『あしたのジョー』以降のボクシングマンガは、なんらかの形で『あしたのジョー』と対峙しなくてはならない。『あしたのジョー』が描いたモチーフを捉えなおすにしろ、そこにない要素を探すにしろ。
松本大洋は後者を選んだ。『フリースタイル』のインタビュー(*2)によると、『あしたのジョー』がほとんどのことをやり尽くしてしまっていたので、30歳で無敗のチャンピオンという主人公を設定したらしい。
インタビュアーが深読みした『ZERO』の解釈に対して、作者は「考えたことがなかった」、「分からない」などとかわし続ける。実際に作家的衝動のみで『ZERO』を産み落としたのか、実は言葉で考え抜いた末に描いたのかはわからない。いずれにしろ、読者に深読みをさせる、抽象度の高い作品である。
主人公五島雅は、無敗の世界ミドル級統一王者。人は彼を「ゼロ」と呼んで畏怖し、ミドル級は五島の聖域となっている。五島はリングでしか生きていけない異能者であり、それゆえに絶望的な孤独を抱えている。彼が求めるのは、自分の世界に入り込める選ばれし異能者と戦い、「ゼロ」を引き継がせることだ。
継承者候補として登場したのは、19歳のメキシコ人ボクサー、トラビス・バルである。16オンスのグローブでスパーリングパートナーを死に至らしめたという噂を持ち、実力は老いた五島を上回ると評判を呼んでいる。トラビスは、五島の要望とプロモーターのビジネス的な思惑により、五島と世界戦を戦うことになる。
トラビスもまた異能のボクサーであった。トラビスは自身の狂気に触れ、一時五島を圧倒する。しかし結局、トラビスは「ゼロ」になることはできない。
僕は行けない。あなたの所までは・・・・・・
遠過ぎる。ここは高すぎる。
ここからは何も見えない!(『ZERO』 下巻 P187)
継承者を失い、さらなる孤独の世界へ足を踏み入れた五島は、ただ花になることを願う。花は松本大洋作品で繰り返し登場するモチーフであり、解釈は様々になされている。ここでは、「ゼロ」を継承させることができなかった五島が、花として種子を残し、次の時代に何かを残したいことの欲求と解釈したがどうだろうか。
その他にも深読みポイントが満載である。色々な読み方を試みてほしい。
*1 人文系では雑誌『ユリイカ』(青土社)第39巻第1号、社会学系ではMIYADAI.com Blogなど多数の松本大洋論が存在する。
*2 『フリースタイル』(vol.6 winter 2007)「松本大洋 ロング・ロング・インタビュー taiyou on taiyou」
■初出:『ビッグコミックスピリッツ』小学館(1990~1991)
【ストーリー】
10年間に渡りボクシング世界ミドル級の頂点に君臨してきた五島雅。無敗を誇る彼のことを、人々は「ゼロ」呼ぶ。誰も近づくことの出来ない高みにたどり着いた五島が、最後に望むものとは。
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2007年02月07日
『がんばれ元気』 - ハングリーな時代の父子鷹ボクシング
小山ゆう 『がんばれ元気
』 小学館(1998) 文庫全16巻

数あるボクシングマンガの中でも、屈指の名作ではないでしょうか。『ユリイカ』の松本大洋特集号を読んでいたところ、氏も「大好きで100回くらい読ん」だとのこと。
いかにも70年代の劇画調スポーツマンガといった趣で、ヘビーでハングリーなボクシングの世界を描きます。
主人公元気は、父がどさ回りのボクサーなため、子ども預かり所のようなところで暮らしている。元気は父が世界チャンピオンになることを純真な心で信じています。
どさ回りといえば、『あしたのジョー』の矢吹丈も一時身を置いた場所です。それによると、どさ回りの興行はボクサーにとっては墓場のような場所で、世界チャンピオンを目指すようなボクサーが本来行くところではありません。のっけから不幸の匂いが漂います。
実際元気は、幼少時から大切な人を何人も失う悲劇的な人生を送ります。しかし彼は曲がることもなく、真っ直ぐに育つ。スポーツマンガ界屈指の人格者です。
中学を卒業した元気は、父と抱いた世界チャンピオンという夢を叶えるために上京します。上京前の数年は、お金持ちな母方の祖父母宅に身を寄せ、裕福な生活を送っていました。そんな日々を捨て、寿司屋で出前持ちをしながらボクシングジムへ通う日々。
亀田家伝統(?)の「世界のジャブ」というトレーニングをご存知でしょうか。棒(Wikipediaによると箒のようです)の先にグローブを着けて、ブンブンと打ち込むあれです。その「世界ジャブ」や、通過する電車の乗客の顔を見分けて動態視力を鍛えるなど、古風でハングリーな特訓を繰り返し、めきめきと頭角を現していく。
数々の悲劇を飲み込みながら勝ち進む元気は、いよいよ世界への階段を昇り始めます。
今のボクシングもハングリーなのでしょうけど、時代が時代ですからハングリーさが違います。本当に燃え尽きるまで戦い、朽ちていくボクサーがほとんどです。勝つことが、そのまま相手の人生を壊すという恐怖。
「おれの方がもっともっと罪ぶかい男だよ・・・大勢の男の夢をたたきつぶして・・・」(『がんばれ元気』 第16巻 P10)
絶望的な孤独と恐怖に耐え、世界の舞台へ向う元気の姿は切なく、読み進めるのがもったいないとすら感じます。「あのときの子どもがここまで来たか」という感慨に耽ること間違いなしです。
【余談】
本作は「元気、ダウン」など、章タイトルが内容を説明し過ぎるケースが散見されます。「言うなよ!」と思いました。初めて読む方はなるべく章タイトルを見ないように読み進めることをオススメします。
■初出:『週刊少年サンデー』小学館(1976~1980)
【ストーリー】
どさ回りのボクサーである父と一緒に旅をする息子の元気。世界チャンピオンになるという父の言葉を信じ、自分もプロボクサーを目指してトレーニングに励む。親子の夢は叶うのか。
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