2007年03月05日
『ZERO』 - 異能ボクサーの狂気と孤独
松本大洋 『ZERO
』 小学館(1995) A5新装版上下巻
松本大洋の作品は、どうしても深読みしたくなる仕掛けに満ちている。芸術、文学、思想、社会学など様々な分野の識者が、松本作品を各々のフィールドから語ろうとする(*1)。一方、単純なスポーツマンガとして『ZERO』を読んだ場合、「日本人がミドル級をあれだけ防衛(第1話で26回目を達成)することなど不可能」という一言で退けられてしまいがちだ。
作者は一体何を思って本作を書いたのだろうか。
ボクシングマンガには、『あしたのジョー』という金字塔が存在する。『あしたのジョー』以降のボクシングマンガは、なんらかの形で『あしたのジョー』と対峙しなくてはならない。『あしたのジョー』が描いたモチーフを捉えなおすにしろ、そこにない要素を探すにしろ。
松本大洋は後者を選んだ。『フリースタイル』のインタビュー(*2)によると、『あしたのジョー』がほとんどのことをやり尽くしてしまっていたので、30歳で無敗のチャンピオンという主人公を設定したらしい。
インタビュアーが深読みした『ZERO』の解釈に対して、作者は「考えたことがなかった」、「分からない」などとかわし続ける。実際に作家的衝動のみで『ZERO』を産み落としたのか、実は言葉で考え抜いた末に描いたのかはわからない。いずれにしろ、読者に深読みをさせる、抽象度の高い作品である。
主人公五島雅は、無敗の世界ミドル級統一王者。人は彼を「ゼロ」と呼んで畏怖し、ミドル級は五島の聖域となっている。五島はリングでしか生きていけない異能者であり、それゆえに絶望的な孤独を抱えている。彼が求めるのは、自分の世界に入り込める選ばれし異能者と戦い、「ゼロ」を引き継がせることだ。
継承者候補として登場したのは、19歳のメキシコ人ボクサー、トラビス・バルである。16オンスのグローブでスパーリングパートナーを死に至らしめたという噂を持ち、実力は老いた五島を上回ると評判を呼んでいる。トラビスは、五島の要望とプロモーターのビジネス的な思惑により、五島と世界戦を戦うことになる。
トラビスもまた異能のボクサーであった。トラビスは自身の狂気に触れ、一時五島を圧倒する。しかし結局、トラビスは「ゼロ」になることはできない。
僕は行けない。あなたの所までは・・・・・・
遠過ぎる。ここは高すぎる。
ここからは何も見えない!(『ZERO』 下巻 P187)
継承者を失い、さらなる孤独の世界へ足を踏み入れた五島は、ただ花になることを願う。花は松本大洋作品で繰り返し登場するモチーフであり、解釈は様々になされている。ここでは、「ゼロ」を継承させることができなかった五島が、花として種子を残し、次の時代に何かを残したいことの欲求と解釈したがどうだろうか。
その他にも深読みポイントが満載である。色々な読み方を試みてほしい。
*1 人文系では雑誌『ユリイカ』(青土社)第39巻第1号、社会学系ではMIYADAI.com Blogなど多数の松本大洋論が存在する。
*2 『フリースタイル』(vol.6 winter 2007)「松本大洋 ロング・ロング・インタビュー taiyou on taiyou」
■初出:『ビッグコミックスピリッツ』小学館(1990~1991)
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『ZERO』
【ストーリー】
10年間に渡りボクシング世界ミドル級の頂点に君臨してきた五島雅。無敗を誇る彼のことを、人々は「ゼロ」呼ぶ。誰も近づくことの出来ない高みにたどり着いた五島が、最後に望むものとは。



