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ジロ・デ・イタリアとは?

グランツール開幕戦のジロは、コースでのイタリアの美しい街並みや景色も魅力の一つである。

ジロ・デ・イタリアのコースは標高のある峠も連続する為、悪天候に見舞われると一層厳しい戦いになることが想定される。

© Yuzuru SUNADA

5月のイタリアを3週間かけて一周するジロ・デ・イタリア。今年2016年に99回目を迎えるこの大会は、7月のツール・ド・フランス、9月のブエルタ・ア・エスパーニャへと続く、シーズン最初のグランツールであり、時に3大ツールの中で最も過酷なレースと言われる。

「チーマ・コッピ」「パンターニの山」と、かつてヒルクライムを得意とした王者たちがその名を大会に刻むように、ジロを特徴付けるのは厳しい山。特にイタリア北部に連なるドロミテ山塊は、2000mを超える標高と、ひどい急勾配のせいで、例年、死闘の舞台となる。

またしばし襲い掛かる悪天候も、ジロをより難解なものに変える。南イタリアでは土砂降りで、北イタリアの峠では大雪で……。時に黙示録のような状況の中で、記憶に残る名勝負が繰り広げられる。

最も過酷ではあるけれど、最も華やかで明るい雰囲気が漂う大会でもある。主催新聞ガゼッタ・デッロ・スポルト紙にちなんだシンボルカラーから「ばら色のレース」とも呼ばれ、沿道に詰めかけた熱狂的なティフォージと、グラマラスなポディウムガールたちと、表彰式での楽しげなスパークリングワインファイトもまた大いなる魅力のひとつ。辺りにピンク色の紙吹雪が舞い散る中、3週間の長き戦いを制した総合王者は、ピンク色のリーダージャージ「マリア・ローザ」で祝福される。

2016年ジロの概要

2016年のイタリア一周は、オランダのアペルドールンから走り出す。ジロ・デ・イタリアにとっては通算12回目の外国スタートであり、2002年、2010年に続く史上3度目のオランダ開幕だ。また2010年以降2年間隔で外国訪問を繰り返し、長距離移動問題に頭を悩ませてきた開催委員会は、2年前のベルファスト開幕時に初めて「金曜日スタート」を導入した。はるか北の異国で始まる今回も、やはりグランツールとしては通常より1日早い金曜日に幕を開ける。

ステージ数は伝統的な21のまま。全長3383kmの戦いの内訳は平坦7、アップダウン&中級山岳7、難関山岳4、個人タイムトライアル3。頂上フィニッシュは5回(うち1回は個人タイムトライアル)。ただし金曜日スタートの影響として、休養日は3回用意された。ほぼまっ平らなオランダの大地を3日間走った後の月曜日に、さっそく1回目の休暇を迎える。ちなみに2回目(第9ステージ後)と3回目(第15ステージ後)の休養日もまた、月曜日だ。

全長9.8kmの個人タイムトライアルで初日マリア・ローザの持ち主を決定し、残す2日間を大集団スプリントで締めくくると、プロトンは長距離移動のため一旦お休み。選手たちは空路で、大部分のスタッフやチーム車両は陸路で2000km以上も一気に南へと下がり、「長靴」の足指のつけね部分へたどり着くと、いよいよ休養日明けから本物のイタリア巡りに突入する。

プロトンは大急ぎで北へと向かい、難度は日を追ってクレシェンドしていく。第6ステージには大会最初の頂上フィニッシュで、第8ステージには未舗装の2級峠で、優勝本命たちはちょっとした脚試しを行う。2回目の休養日前日、トスカーナ地方のアップダウンを盛り込んだ第9ステージの個人タイムトライアル40.5kmは、マリア・ローザ候補を大きく絞り込んでくれるはずだ。

大会初の1級山岳は、2回目の休養日明けの第10ステージに待ち構える(+山頂フィニッシュ)。第13ステージの金曜日で1級2回+2級2回と一気に山の割合が増したと思ったら、翌日から待望のドロミテ難関山岳バトルへ!第14ステージはまさしく「タッポーネ(最難関ステージ)」の称号にふさわしく、全長210kmのロングステージの、後半150kmに6峠(うち5峠が標高2000m超)がぎゅうぎゅうに詰め込まれた。さらに翌第15ステージは、全長10.85km・平均勾配8%の山道を使った登坂個人タイムトライアル。このドロミテの2日間を終えてなお、優勝争い前線に踏みとどまっているのは、間違いなく本物のヒルクライマーだけだ。

しかし、2016年のマリア・ローザ争いに終止符を打つのは、大会最後の週末に組み込まれたフレンチアルプスの巨大峠たち。第19ステージ、チーマ・コッピ(大会最高標高)のアニェッロ峠2744mで国境を越えると、2014年ツール・ド・フランスに初登場したフランスのリズール峠でフィニッシュを迎える。そして第20ステージはフランスの2000m超級峠を3つ乗り越えて――特にアニェッロに次いで欧州で4番目に高い登坂可能な山ボネット峠2715mを登って降りて――、戦いの締めくくりはもちろんイタリアの山で。最終日はトリノの市街地周回コースにて、去年のようなサプライズ逃げ切りが決まらなければ……、大集団スプリントで大団円を迎えることになる。

ジロ昨年の振り返り

美しきイタリアンリヴィエラの海岸道路から走り始め、ミラノへと帰還した2015年ジロ・デ・イタリアを仕留めたのは、アルベルト・コンタドールだった。ジロ&ツールの同一年制覇「ダブルツール」という大偉業を成し遂げるため、冬場から入念に調整を積んできた大チャンピオンは、第5ステージ終了後、つまり大会最初の山頂フィニッシュを利用して早くもマリア・ローザを手に入れた。

その後の道のりは、しかし、決して安泰ではなかった。第6ステージ中に落車の犠牲となり、左肩を痛めた。表彰台でリーダージャージに袖を通すことすら出来ない日々が続いた。第13ステージには「タイム救済ゾーン」の直前、ゴール前3.3kmの集団落車に巻き込まれ、ジャージを脱ぐ事態さえ発生した。

コンタドールと並んで優勝候補の1人に上げられていたリッチー・ポートは、第10ステージで「チーム外の選手から車輪を受け取った」として2分のペナルティを課された上で、やはり第13ステージの落車で2分近くを失い、総合争いから脱落していった(最終的に第16ステージ未出走)。

第13ステージのハプニングの隙に、マリア・ローザを身にまとったのが24歳のファビオ・アルだった。しかし翌日、近年稀に見る60km近い長距離個人タイムトライアルで、あっさりコンタドールに総合首位の座を返却。以降スペインの「エル・ピストレロ」は、ピンク色の大切なジャージを決して手放すことはなかった。

アルもあらゆる策を講じた。強力なアスタナのアシスト勢と共に、連日レースを厳しく取り締まった。チームメートのミケル・ランダと協力し、山でアタックを繰り出した。ランダが山頂フィニッシュ2勝、アルも山頂フィニッシュ2勝と、見事な活躍を披露した。

しかしコンタドールは、ライバルの策略を軽々と上回る、伝説的な走りを実現させた。第16ステージ、そのコンタドールのパンクに乗じて加速を仕掛けたアスタナの2人を……、ジロの伝統峠モルティローロで単独追い上げた。驚異的なヒルクライムの脚で捉えると、逆にアルを大きく突き放した。さらに第18ステージでは、ゴール前45km、自らの意志でアタックを打ち大胆に飛び出した。第20ステージの最終盤に、逆に脚が止まり、ライバルたちに置き去りにされてしまう事態も発生したけれど……。もはやコンタドールの優位が揺るぐことはなかった。

ミラノ国際博覧会場を舞台に繰り広げられた最終日、予想外の逃げ切り勝利が決まった背後では、コンタドールが3本指を示しながら静かにフィニッシュラインを越えた。公式記録では2008年大会に次ぐ2度目の総合優勝ではあるけれど、2011年ジロ――2010年ツール期間中のドーピング検査でクレンブテロール陽性反応が検出され、同大会から2011年末までの成績は全て剥奪された――も間違いなく「脚」で勝ち取った大会なのだ、とアピールするかのように。また当時32歳のコンタドールにとっては、公式には7つ目のグランツールタイトル(剥奪されたものを含むと9つ目)となった。

アルとランダはそれぞれ総合2位と3位に入り、所属チームのアスタナはチーム総合首位を勝ち取った。別府史之は4度目のジロ完走を果たし、チームメートのジャコモ・ニッツォロの最終日の逆転ポイント賞獲得に大いに貢献した。

各賞ジャージ紹介

総合タイム首位/マリア・ローザ

総合タイム首位の選手に与えられるピンクのジャージ。ピンクの色は、ジロ・デ・イタリアを主催しているイタリアの全国紙「ラ・ガゼッタ・デッロ・スポルト」の新聞カラーからとられている。

ポイント賞/マリア・ロッサ

各ステージのゴールポイント+中間スプリントポイントの通算トップ選手に与えられるポイント賞ジャージ。2009年までは赤紫色のマリア・チクラミーノだったが、2010年から「レースを燃え上がらせる」赤色ジャージに生まれ変わった。

山岳賞/マリア・アッズーラ

山岳ポイント総合トップの選手に与えられる山岳ジャージ。2011年まで緑色マリア・ヴェルデだったが、2012年から青色に生まれ変わった。

新人賞/マリア・ビアンカ

1994年に消滅した新人賞が2007年から復活。1991年1月1日以降に生まれた若手選手を対象とし、総合タイムがトップの選手に与えられる純白のジャージ。

歴代チャンピオン

  • 第1回 1909年 GANNA Luigi
  • 第2回 1910年 GALETTI Carlo
  • 第3回 1911年 GALETTI Carlo
  • 第4回 1912年 a squadre: ATALA
  • 第5回 1913年 ORIANI Carlo
  • 第6回 1914年 CALZOLARI Alfonso
    (戦争のため中断)
  • 第7回 1919年 GIRARDENGO Costante
  • 第8回 1920年 BELLONI Gaetano
  • 第9回 1921年 BRUNERO Giovanni
  • 第10回 1922年 BRUNERO Giovanni
  • 第11回 1923年 GIRARDENGO Costante
  • 第12回 1924年 ENRICI Giuseppe
  • 第13回 1925年 BINDA Alfredo
  • 第14回 1926年 BRUNERO Giovanni
  • 第15回 1927年 BINDA Alfredo
  • 第16回 1928年 BINDA Alfredo
  • 第17回 1929年 BINDA Alfredo
  • 第18回 1930年 MARCHISIO Luigi
  • 第19回 1931年 CAMUSSO Francesco
  • 第20回 1932年 PESENTI Antonio
  • 第21回 1933年 BINDA Alfredo
  • 第22回 1934年 GUERRA Learco
  • 第23回 1935年 BERGAMASCHI Vasco
  • 第24回 1936年 BARTALI Gino
  • 第25回 1937年 BARTALI Gino
  • 第26回 1938年 VALETTI Giovanni
  • 第27回 1939年 VALETTI Giovanni
  • 第28回 1940年 COPPI Fausto
    (戦争のため中断)
  • 第29回 1946年 BARTALI Gino
  • 第30回 1947年 COPPI Fausto
  • 第31回 1948年 MAGNI Fiorenzo
  • 第32回 1949年 COPPI Fausto
  • 第33回 1950年 KOBLET Hugo
  • 第34回 1951年 MAGNI Fiorenzo
  • 第35回 1952年 COPPI Fausto
  • 第36回 1953年 COPPI Fausto
  • 第37回 1954年 CLERICI Carlo
  • 第38回 1955年 MAGNI Fiorenzo
  • 第39回 1956年 GAUL Charly
  • 第40回 1957年 NENCINI Gastone
  • 第41回 1958年 BALDINI Ercole
  • 第42回 1959年 GAUL Charly
  • 第43回 1960年 ANQUETIL Jacques
  • 第44回 1961年 PAMBIANCO Arnaldo
  • 第45回 1962年 BALMAMION Franco
  • 第46回 1963年 BALMAMION Franco
  • 第47回 1964年 ANQUETIL Jacques
  • 第48回 1965年 ADORNI Vittorio
  • 第49回 1966年 MOTTA Gianni
  • 第50回 1967年 GIMONDI Felice
  • 第51回 1968年 MERCKX Eddy
  • 第52回 1969年 GIMONDI Felice
  • 第53回 1970年 MERCKX Eddy
  • 第54回 1971年 PETTERSON Gosta
  • 第55回 1972年 MERCKX Eddy
  • 第56回 1973年 MERCKX Eddy
  • 第57回 1974年 MERCKX Eddy
  • 第58回 1975年 BERTOGLIO Fausto
  • 第59回 1976年 GIMONDI Felice
  • 第60回 1977年 POLLENTIER Michel
  • 第61回 1978年 DE MUYNCK Johan
  • 第62回 1979年 SARONNI Giuseppe
  • 第63回 1980年 HINAULT Bernard
  • 第64回 1981年 BATTAGLIN Giovanni
  • 第65回 1982年 HINAULT Bernard
  • 第66回 1983年 SARONNI Giuseppe
  • 第67回 1984年 MOSER Francesco
  • 第68回 1985年 HINAULT Bernard
  • 第69回 1986年 VISENTINI Roberto
  • 第70回 1987年 ROCHE Stephen
  • 第71回 1988年 HAMPSTEN Andrew
  • 第72回 1989年 FIGNON Laurent
  • 第73回 1990年 BUGNO Gianni
  • 第74回 1991年 CHIOCCIOLI Franco
  • 第75回 1992年 INDURAIN Miguel
  • 第76回 1993年 INDURAIN Miguel
  • 第77回 1994年 BERZIN Eugeni
  • 第78回 1995年 ROMINGER Tony
  • 第79回 1996年 TONKOV Pavel
  • 第80回 1997年 GOTTI Ivan
  • 第81回 1998年 PANTANI Marco
  • 第82回 1999年 GOTTI Ivan
  • 第83回 2000年 GARZELLI Stefano
  • 第84回 2001年 SIMONI Gilberto
  • 第85回 2002年 SAVOLDELLI Paolo
  • 第86回 2003年 SIMONI Gilberto
  • 第87回 2004年 CUNEGO Damiano
  • 第88回 2005年 SAVOLDELLI Paolo
  • 第89回 2006年 BASSO Ivan
  • 第90回 2007年 DI LUCA Danilo
  • 第91回 2008年 Alberto CONTADOR VELASCO
  • 第92回 2009年 MENCHOV Denis
  • 第93回 2010年 BASSO Ivan
  • 第94回 2011年 MICHELE Scarponi
  • 第95回 2012年 RYDER Hesjedal
  • 第96回 2013年 VINCENZO Nibali
  • 第97回 2014年 NAIRO QUINTANA
  • 第98回 2015年 Alberto CONTADOR VELASCO
  • 第99回 2016年 VINCENZO Nibali

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