2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第7ステージ
2008年03月17日
「今日は調子がいいから、アタックするよ。誰も付いて来れないと思うから、別に引かなくていい。ひとりで行けるから」こんな勝気なセリフを吐いて、ロテルリーは第3ステージのスタート地に向かったそうです。そして結果はご存知の通り。断言通りアタックを打ち、最後まで逃げ切ってステージ2位。山岳賞ジャージも勝ち取りました。
その後のステージでも、山岳ポイントが近づくたびに積極的に逃げを打って先頭通過を繰り返したロテルリー。「まだまだ。最終日まで確実じゃないからね。総合順位ももっと上げていきたいし」。おかげで第6ステージ終了時で、最終的な山岳賞ジャージが確定です。
笑顔で迎えた最終日の朝。「パリ~ニースのようなビッグレースでチームリーダーを任され、しかもジャージを獲得できるなんて本当に誇らしいよ。今は早くゴールにたどり着きたい気分」と語りつつ、「実はプロ入り後、まだ優勝したことはないんだ。もちろん今日、チャンスがあったら狙っていく」と力強く断言していました。そして有言実行。この日2番目の峠ラ・テュルビーへの登りで、ステージ優勝を目指したったひとり飛び出しました。
……ゴール後、ロテルリーが最初に口にした言葉は「本当に勝ちたかった!」一方で、「今日の最終盤、特にゴール前の激しい戦いの様子を見ると、ボクにはまだあんな状況を勝ち抜ける経験はないと感じた。まだまだ学ぶことがたくさんあるね」と、前向きな姿勢を見せました。
ちなみにフランスメディアは“未来のリシャール・ヴィランク”と大興奮していますが、スキル・シマノのスタッフにその話をしてみたら、「それだけは止めて!フランス人はヴィランクが好きだけど、ロテルリーは独自のキャリアを築いていって欲しいんだ」と苦笑い。
そして総合優勝は昨年最終日に逆転2位に終わったレベッリンが、昨年の経験を生かして優勝を勝ち取りました。1位と2位の差が3秒というのは、パリ~ニース75年の歴史の中でも最短記録(2番目は1973年の4秒差)。
表彰式が終わった瞬間、選手、チームスタッフ、メディアの心はすでにミラノ~サンレモへと飛んでいます。勝者レベッリンによると、ミラノ~サンレモの優勝候補はフレイレ、ペタッキ、ステーグマンス、フースホフト。ボーネンの調子は自分の目で見ていないから、分からないな~、とのこと。もちろん自分自身の名前も、優勝候補に上げていますよ。
※この日のスタート前、ジルベール、レベッリン、ノチェンティーニがサイン台に登り、全関係者の前でマイクを持って語りました。
生まれてわずか6時間の息子を亡くし、失意の中で葬儀の準備をしていたケヴィン・ヴァンインプの家に、突然、ドーピングコントロール係がやってきました。驚いたヴァンインプは、同日のもう少し遅い時間に再訪問してくれないか、と頼んだそうです。ところがこの依頼が“コントロール拒否”と受け取られる可能性があり、最悪の場合最大2年の出場停止処分なんだとか。
これを聞いたパリ~ニース参加の全選手が、15日夜にメールや電話で連絡し合い、3分間スタート地から動かないことを決めました。我々は選手である前に、まずひとりの人間であり、犯罪者じゃないんだ、と。
■ダヴィド・レベッリン 総合優勝
2位や3位はすでに経験済みだったから、今年は本当に勝ちたかった。だから本当に嬉しいし、ほっとしている。ボクは36歳だけど、まだまだパリ~ニースのようなビッグレースを勝てることを証明したね。今年のステージはみな厳しかったけれど、長い経験のおかげで勝つことができた。
ノチェンティーニが落車した後、チームメイトに減速するよう指示を出したんだ。だってステージはまだ長かったからね。レースが一旦普通の状態に戻るようにした。ノチェンティーニとはいい友達なんだ。世界選手権などでイタリア代表に召集されたときは、彼と一番良くおしゃべりするよ。だから彼の走りは熟知していた。とはいえ、わずか3秒差だから、本当に最後まで気が抜けなかったよ。3位のポポヴィッチとだって、安心できるタイム差ではなかった。だから今日の最後はすごい戦いが繰り広げられたよね。
ティレノ~アドリアティコはもう勝ったことがあるから、パリ~ニースが本当に勝ちたかった。まだまだ勝っていないレースがある。世界選手権、ミラノ~サンレモ、ジロ・ディ・ロンバルディア……。だから、あと1年、いや、2年はキャリアを続けたいな。ボク位の年齢で引退する選手は多いけれど、ボクはまだ体力があるし、やる気もある。それにまだ学ぶべきこともたくさんあるよ。レースの刺激から、まだ離れることはできないんだ。
text:Asaka MIYAMOTO
photo:Jeep VIDON
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第6ステージ
2008年03月16日
エルバ島から脱出したナポレオン一世が、権力を再び取り戻すために南仏からパリへと北上した道。その「ルート・ド・ナポレオン」を約200年前とは逆に、プロトンは南下して地中海沿いの街カンヌへとたどり着きました。
その南仏へと続く道には、ところどころに黄色いミモザが咲いていました。地中海沿岸の暖かな地方でよく見かける、小さなポンポンのようなレモンイエローの花の名前はまた、シルヴァン・シャヴァネルのあだ名でもあります。「長い冬をへて、ミモザついに南仏で開花」、こんな見出しが翌日の新聞を飾るのかもしれません?
さて、気になる総合争いは、最終ステージを前にとんでもなく熾烈になりました。首位レベッリンと2位ノチェンティーニとの差がわずか3秒!昨年は最終ステージを控えて6秒差で首位に立っていたレベッリンでしたが、最終日にコンタドールに逆転負けを喫しています。2003年総合3位、2004年総合2位、2007年総合2位と表彰台を3回経験している36歳大ベテランのレベッリンが、前年の教訓を生かして、今年こそ念願の総合優勝を手に入れられるのでしょうか。
最終日、1位3秒、2位2秒、3位1秒のボーナスポイントが与えられる中間スプリント地点は2箇所。ゴール地では上位3人にそれぞれ10秒、6秒、4秒のボーナスタイムが与えられます。
■シルヴァン・シャヴァネル ステージ優勝
気分がいいね。今レースの目標を達成したし、こんなやり方で達成できたことにすごく満足している。こんな大成功は本当に久しぶりだよ。今日はモチベーションがすごく高かった。チームメートに、ボクの調子がいいことは伝えてあった。もっとも、自分の想像以上に調子が良かったんだけれどね!下りではものすごくいい仕事をしたクネゴにも助けられた。サンチェスに追いついて、彼が疲れていると感じたから、カウンターアタックを打ったんだ。
■ダヴィド・レベッリン マイヨ・ジョーヌ
あの下りのことは良く知っていたんだ。何度も走ったことがあるからね。非常に危険であることは把握していたけれど、同時に、あの下りこそが遅れを取り戻す唯一のチャンスだと分かっていた。それにヘーシンクの体調があまりよくないことを感じ取ったから、ノチェンティーニとポポヴィッチにも下りでアタックをかけたほうがいいぞ、と教えたんだ。ボクは全力で下り降りた。さらにシャヴァネルが決定的な仕事をしてくれた。
2007年、最終日にコンタドールに逆転されたことを思い出すね。今回はノチェンティーニにたったの3秒差。差なんて全くないに等しい。ノチェンティーニとボクはすごく仲が良いし、すごく似ているんだ。彼のスプリント能力を恐れている。ボーナスタイムを取りにいく能力を持っている選手だ。だから今日は最終1kmで、シャヴァネルやクネゴが飛び出したとき、ボクは彼の動きを封じ込めたんだよ。
text:Asaka MIYAMOTO
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第5ステージ
2008年03月15日
ステージ最初の2級峠コル・ド・ミュールへの登りが始まってすぐ、たったひとりで遅れ始めた別府史之選手。結局、ステージ途中で自転車を降りました。
朝のスタート地では「もう体がぼろぼろです。落車で負った怪我も痛いですけれど、昨夜は左脚の付け根のリンパ腺が腫れあがってしまって……。さらに花粉症なのか、のどに咳がこみ上げてくるのも辛いですよ」と語っていました。大会始まって以来、初めて「もう帰ってもいいかな」という言葉も。
それにしてもレース最終盤。8日間のレースとはいえ序盤3日間が風雨で厳しかったせいか、前日にモンヴァントゥを制覇したせいか、選手の顔には疲れが見え始めました。この日は3選手がスタートを切らずに帰途につき、14人が途中リタイアしています。
■カルロス・バレード ステージ優勝
ステージ序盤、チームメイトのトサットが先頭グループに入ったのだけれど、ラボバンクが彼を逃がさなかった。だからボクが前に出たんだ。第2グループへの滑り込みに成功したとき、タイム差を開くために全力を尽くしたよ。タイム差が2分30秒で安定しはじめた頃に、ステージ優勝を考え始めた。
今までで一番素晴らしい優勝かどうかは分からないなぁ。プロ入り1年目でアストゥリアスツアーの、それも地元で、両親の目の前でステージ優勝上げたときのことが強く印象に残っているからね。でもチームにとってはこれ以上嬉しいことはない。チームにとっては3つ目のステージ優勝だし、総合トップ10に3選手も送り込んだよ。
■クレモン・ロテルリー 山岳賞
今シーズンはルータ・デル・ソルで2位に入って、いいスタートをきることができた。だからパリ~ニースには総合上位を狙ってきたんだ。でも第1ステージで千切れてしまって、3分も失ってしまった。だから攻撃に行かなくては、と自分に言いきかせた。おかげで山岳賞ジャージを獲得して、さらに総合でもいい位置に上がることができた(10位)。
(ツール・ド・フランスの出場については)今のところ、まだ考えてはいない。大切なのは、スピリッツを見せ付けること。ボクらはここにいるんだ、ボクらはアタックするためにここに来たんだ、ということを見せ付けたい。ユポンとボクのアタックは、チーム内にも何かポジティヴな雰囲気を作り出した。今はみんながこのジャージを守ることにすごくモチベーションを感じているし、そのために普段以上の力が出せるはずさ。
システロンからは雄大なアルプスの風景がのぞめます。
text:Asaka MIYAMOTO
photo:Jeep VIDON
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第4ステージ
2008年03月14日
ミュズリー、甘いクレープ3種(ヌテラ、蜂蜜、ジャム)、オムレツ。これがモン・ヴァントゥに向かう朝、エヴァンスがとった朝食。サイレンス・ロットの栄養士さんが教えてくれました。
チーム内の他の2人のオーストラリア選手はピリ辛エビ料理が好きなんだそうですが、エヴァンスは「非常にまじめだから」刺激物は絶対に食べないんだとか。夕食には最低350gのパスタと脂身の少ない肉、たっぷりの野菜を食べ、豆乳プリンもお気に入りだそうです。「お祝いにワイン一杯くらいなら気にせず飲んでもいいんだよ」とのことですから、今夜はエヴァンスもワインでお祝いしているのかな。モン・ヴァントゥは麓にブドウ畑が広がるワインの産地としても有名ですね。
ちなみに選手たちはどんな料理が好きなのでしょうか?
「それがビックリなんだけど、みんなとにかくパスタが大好きなんだ。自転車選手って毎日パスタばかり食べているだろう?なのに『もしもボクが生まれ変わって自転車選手じゃなくなっても、ボクは毎日パスタが食べたいよ』なんて言うんだよ!」
サイレンス・ロットには栄養士さんのほかに専門の帯同コックさんがいるのですが、きっと彼のパスタはアルデンテでとってもおいしいに違いありません。
■カデル・エヴァンス ステージ優勝
シーズンのこんなに早いうちに勝てるなんて悪くない。特にモン・ヴァントゥだよ!でもツールとこの勝利は全く関係ないよ。ツールはまだまだ遠い。ただし、チームの出来は最高だね。この時期でチームがこれだけ仕上がっているのは、ボクにとって初めてのことかもしれない。今日の目標は、もちろんモン・ヴァントゥで勝ちたかったけれど、なによりもまずポポヴィッチの総合争いをアシストすることだった。残りステージもポポヴィッチのアシストを続けるよ。彼がパリ~ニースを勝つチャンスはまだ残っているからね。
■ロベルト・ヘーシンク マイヨ・ジョーヌ
このマイヨが本当に欲しかった。今日はすごく体調が良かったし、今ステージみたいな長い登りはボク向きなんだ。いいリズムを長時間にわたって保ち続けることが出来た。ポポヴィッチがエヴァンスにペースを落とすよう頼んでいるのが聞こえて、ポポヴィッチの調子が良くないことを理解した。そしてポポヴィッチが遅れ始めてからは、ゴールまで出来るだけ早くたどり着くことだけを考えた。マイヨ・ジョーヌが獲得できて本当に嬉しいよ。エヴァンスがボクにステージ優勝させてくれなかったことは残念だけど、これが自転車レースっていうものさ。
■クレモン・ロテルリー 山岳賞
ボクには、モン・ヴァントゥを有力選手と一緒に登れる実力があると確信していた。ただ昨夜は長いエスケープで疲れていたから、今日はどんな走りが出来るか全く見当もつかなかったんだけれどね。体力が回復しているかどうかが鍵だった。そして今朝、行けると思ったんだ。今日の自分の出来には全く驚いていないよ。だってボクは仮にもクライマーなんだから!(ラスト5kmのアタックについて)トライしてみるしかない、と思ったんだ。トライしてみないと何も始まらないから。先頭からは脱落したけれど、その後もいいリズムで走ることが出来た。山岳賞ジャージを最後まで守って、総合順位も上げていきたい。
text:Asaka MIYAMOTO
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第3ステージ
2008年03月13日
ときどき小雨に見舞われたけれど、「太陽へと向かうレース」にようやく太陽が戻ってきました!ボジョレーワインで有名なぶどう畑のど真ん中に設置された風光明媚なスタート地からは、大きな大きな虹が見えました。選手たちの間から「ボジョレー大好き!飲みたいな~!」なんて冗談の声が聞こえるほど、のんびりした雰囲気に。
気温も「下界」では18度近くまで上昇。「1級峠の山頂は氷点下で雪も降っている」という噂もありましたが、幸運にもそれほどの酷い状況ではありませんでした。
この日のスタート地でのヒーローは、山岳賞ジャージで登場したユポン。観客サインを求められたりプロトン内の有名選手から握手を求められたりして、「なんか変な気分だよね」と嬉しい悲鳴。昨日は寒さで震えたり興奮したりと、なかなか良く寝付けなかったそうですが、今夜はよく眠れるかな。グルペットでたどり着いたゴール地では、舌をちょろっと出して笑顔を見せていました。もちろんスキルシマノとしても、新たにロテルリーが山岳賞を獲得したのですからレース成功です。ロテルリーは冬はシクロスロスで鍛錬し、パリ~ルーベ優勝が目標という22歳。
スキルシマノといえば、別府史之選手は前日に落車の犠牲になっていたんですね。朝のスタート地で地元のおじいさんから「日本選手、落車したんだって?」と聞かれたほど話題(?)のようなので、別府選手本人に落車状況を教えてもらいました。第2ステージのゴールまで60km地点、クレディアグリコルの加速が始まりスピードが上がった中で、他選手に巻き込まれる形で体の左側から落車。左手のひらの下方の皮は完全にむけ、さらにカタールでの落車で縫合した左ひじ部分を強打しひじから手首の部分は大きく腫れ上がりました。実際に右腕と見比べてみると、左腕は1.5倍くらい太くなって(=腫れて)います。「落車からの60kmは本当に長かった」と振り返る別府選手、でもリタイアせずに最後まで走りたいと語ります。
スキルシマノのルディ・ケムナ監督によると「彼自身が走ると言ったんだ。タフな選手だよ!」とのこと。ちなみにルディ監督は「ボクは雨のレース、大好きなんだよね~」だそうです。さすがオランダ人。
■キェール・カールストローム ステージ優勝
もちろん勝てたらいいな、と思ってアタックした。でも全然、確信はしていなかったよ。始めのうちは簡単にタイム差が広がったから、それほど一生懸命走る必要はなかった。先頭の3人でうまく話し合って協力も出来ていたしね。でも後ろのほうが加速を始めてからはどんどん厳しくなって、スピードを上げざるを得なかった。でも、どうしてなのか良く分からないんだけど、きっと後ろのほうで何かあったんだと思うんだけど、またタイム差が少し開いたんだ。ロテルリーが何度かアタックをかけたから、ボクはとにかくしがみついていくだけだった。登りは体力的に厳しかったけれど、下りでまた力を取り戻すことが出来た。
(一緒に逃げたロテルリーのことは)全く知らなかった。彼は山に強かったね。最終ゴールラインでは、彼がどう動くのか注意深く見て、背後にぴったりとつけているだけでよかったんだ。ボクにとってはそれがベストポジション。彼がどれだけスプリントできるのか知らなかったけれど、ボクはとにかく攻めに出るしかなかった。そして追い越しをかけて、願っていた通りの勝利を上げることが出来た。
■シルヴァン・シャヴァネル 総合首位
ステージ序盤は体調が良くなかったんだけど、徐々に調子が上がっていった。特に最後の登りは調子くて、だからアタックをかけてクネゴと一緒に逃げたんだ。でも登りでの協力体制はあまり上手くいかなかったし、最後まで逃げ続けるためには、山頂からの距離がありすぎた。とにかくこのマイヨ・ジョーヌには大満足してる。出来るだけ長く守りたい。ボクにはパリ~ニース総合優勝するだけの実力があることは自分で分かっている。目標を果たすだけのチーム力もある。ステージ終盤の主力グループに3選手を送り込めたのは、ボクたちのチームだけだったんだから。
text:Asaka MIYAMOTO
photos:Jeep VIDON
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第2ステージ
2008年03月12日

スタート時は雨は降っていなかったんです。選手たちはのんびりサイン台に登場し、ファンにサインをしたり、記者に囲まれたり、カメラマンのためにポーズをとったり……。まあ選手たちは雨対策はしていましたが(写真、クネゴの噂のバイク。ボトルに雨具が詰め込まれています)。
ところが、スタート直後から恨めしい雨が降り始めてしまいました。前日と違って風はないかわりに、霧が立ち込めて視界最悪。しかも雨は前日以上で、一時はデリュージュ(ノアの大洪水を導いた豪雨のこと)と言ってもいいほど大量の水が空から落ちてきて。自動車で走っていても、水の跳ね返りと霧とで50m前が全く見えない恐ろしい状況でした。

ゴール後の選手の顔には、前日よりもさらに疲労の色が。151kmたった一人で逃げ、最終的には8分1秒遅れでゴールしたユポンなどは、体の震えが止まらず、乾いた服に着替えて表彰台に上がるまでに随分時間がかかってしまいました。表彰台直後の囲みインタビュー時になっても、体中もガクガク震えたまま(嬉し涙を流すほど興奮して震えていた、という見方もありますが)。もちろんスタッフが持ってきたコートや手袋を着ようとするんですけれど、一人ではコートの袖に腕を通すことさえ出来ないほどでした。スタッフに手をさすってもらいながらインタビューに答える姿が印象的。
地獄のような天気の中、別府史之選手はグルペット26分20秒遅れながら無事に完走。「前日の疲れはそれほど感じていないけど、辛いのは1週間前くらいから夜になると咳が出てよく眠れないこと」とスタート前に語っていましたから、体調的にも厳しかったようです。
翌日からはいよいよ難関山岳ステージに突入。どうやら気温は少し上がるようだけど……やっぱり雨の予報。
■ヘルト・ステーグマン 優勝
目標は1ステージ優勝だった。だから今日の勝利は、ちょっと予想外だったかな。でもまだまだ家には帰らないよ!勝つ自信はあったんだけど、2ステージ勝ちに行く、なんてボクは自分で断言するタイプじゃないからね。今日のレースは、クレディ・アグリコルと話し合ってプロトンをコントロールした。雨と寒さで、早めに飛ばしても体力消耗するだけだと思ったから。そして最後の登りで加速した。最後は4人の先頭集団になったけれど、シャヴァネルはむしろ総合順位を上げるためにタイムを稼ぎにいったんだと思う。実はボク自身はどうしようか最後まで迷ったよ。
去年に比べて、ボクは自信がついている。メンタルトレーニングを積んだんだ。だから今はストレスはあまり感じない。以前もコンプレックスなんて抱いていなかったんだけど、ゴール前でどうしようか悩んでしまうことが多かった。だからいい脚があっても、ミスを犯してしまうことが多かったんだ。
■ティエリー・ユポン 山岳賞獲得
山岳賞ジャージが取れるかどうか最後まで確信がなかったんだけれど、無線で獲得確定の知らせを聞いて、凍えていた体が少し暖かくなった。ジャージを取るためにゴールまでたどり着かなきゃ、って思った。明日ジャージを守りきれるかどうか分からないね。今日と同じで序盤は平坦で、最終盤に山岳が密集している。難しいだろうけれど、守りに行く価値はあるよね。
スキルシマノは今季、フランス人のクライマーを探していて、ボクに話がきたんだ。昨年末に研修選手としてすでにチームで走った。研修は厳しかったんだけど、こうしてチームに採用されたよ。
text:Asaka MIYAMOTO
Photo:Asaka MIYAMOTO & Jeep VIDON
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース 第1ステージ
2008年03月11日
「まるでデュクロラサール向きの天気だな」、こんな会話が朝のスタート地で交わされていました。デュクロラサールとはパリ~ルーベ出場15回・優勝2回の北のクラシック強者。つまり雨・強風・寒さの三拍子揃った天候というわけです。
ちなみにこのスタート地とは、本来のスタート地アミイーのことです。この地には小さなテントが建てられたのですが、風雨を避け、暖を取るために、ほぼ全ての関係者がぎゅうぎゅうに詰まるという状況に。もちろん選手たちはなかなかチームバスから出てきてくれません……。
結局スタート地移動&ルート短縮。この日はレ・コリーヌ・ドゥ・サンセロワ(サンセール地区丘陵地)と呼ばれるアップダウンの多い地域を地域を縦断する美しいレースになるはずだったのですが、選手たちの安全と健康にはかえられませんね。ただキャンセルされたルート沿いで立ち寄ったカフェで、お店の人やお客さんたちがものすごくがっかりしていたのは心が痛みました。
ゴール地に現れたのはずぶぬれ、土まみれの選手たち。やはり寒い中待っていたファンたちから「お疲れ様、よくがんばったね」と暖かい声が飛びましたが、大多数の選手たちは朦朧とした感じで通り過ぎていきます。特にずっと先頭で逃げていたアイゼルは、精根尽き果てたようにハンドルに突っ伏して、大きく肩で息をして、しばらくその場を動けないほど。
別府史之選手は3分23秒遅れの81位。最終走者が13分以上遅れたことを考えると、悪くない位置です。お疲れ様でした。
■ヘルト・ステーグマン 優勝
すごく寒かったし、雨が強かった。こんな状況の中、勝つことが出来て本当に嬉しいよ。でもベルギー人はこういうのになれているんだ。だってベルギーは雨や風が多いからね。唯一の問題は、スタート変更だった。だって走る準備をしていたのに、またバスに戻って、座り直さなきゃならなかったから。ウェアも着替えなおさなきゃならなかったし。でもルート短縮は正しい選択だったと思う。横風や向かい風がひどく強くて危険だったから。
チームの5、6人が先頭集団に残ることができたのは幸いだったね。チームメイトから勝つようにプレッシャーをかけられたから、ボクはがんばったんだよ。ゴール前10kmで上着を脱いだ。ゴール前が登りだったからこれは非常に重要なことだった。ジルベールの存在を恐れていたけれど、彼は少し速く仕掛けすぎたのかな。それからボクが先頭に立った後、残り50m地点で「フースホフト!フースホフト!」というアナウンスが聞こえたから、「うわー、彼がボクの後ろにつけているんだろうか」と不安になったりもしたよ。でも大丈夫だったね。だからすごくいい気分さ!
■ジェローム・ピノー 2位
こんな厳しい天候条件の中で、先頭集団に残れて2位ゴール。脚の調子がものすごくいいことが確認できたし、今後のレースに向けて自信が持てた。この点にはものすごく満足している。……でも勝ちたかった!本当に悔しいよ。
text:Asaka MIYAMOTO
Photo:Jeep VIDON
2008パリ~ニース
2008パリ~ニース プロローグ
2008年03月10日
4、5日前から急に冷え込みだしたフランス。高い山の頂では、雪が降っているとニュースは伝えています。
もちろん、さえぎるものの何もない吹きっさらしのモン・ヴァントゥにも、積雪が観測されています。
今年からパリ~ニースのスタート地に選ばれたパリ近郊のアミイーには、冷たい風が吹き付けました。風のせいで体感温度はさらに下がって、ものすごく寒い!
しかも別府史之選手のスタート前後には、冷たい大粒の雨が空から落ちてきて……。サイン台へと向かう橋には水がたまり、そこで別府選手の足元がつるりっ、と思わずヒヤリさせられる場面も。コース内も「雨でかなり滑りやすかった」そうで、112位でプロローグを終えています。
今年のパリ~ニース、優勝したフースホフトや別府選手をはじめ、多くの選手が口にするのは「山岳ステージがものすごく難しくて、自分はどれだけ力を発揮できるか?」ということ。
“平地ステージ”と呼ばれる明日の第1ステージも、ゴールまでの800mは7.1%の登り。フースホフトが「フィリップ・ジルベール(フランセース・デ・ジュー)が最後に飛び出しそうなプロフィールだね」と表現するとおり。もちろん別府選手も「積極的に逃げを作りたい」と断言しています!
■トル・フースホフト(クレディアグリコル)
ミラノ~サンレモへ向けての調整のつもりでこのレースに参加した。プロローグを勝つためにきたわけではなかったんだ。でもスタートしてすぐに、調子がいいと感じたよ。
最後の2kmは向かい風で厳しかった。その地点ではトップから2秒遅れだったんだけど、でも2km地点で右カーブを曲がって再加速を始めたときに、自分に風に立ち向かえるだけの脚があると確信した。
去年はミラノ~サンレモに向けてかなりハードに調整してきたのに、1週間前で病気にかかって、その後は感覚を取り戻すのに随分時間がかかってしまった。
だから今年は疲れすぎないように、緩めに調整してきた。このレース中も出来るだけ無茶しないように気をつけている。
(チームがティレノ~アドリアティコやジロ・デ・イタリアに呼ばれていないことで、モチベーションに違いはある?)
確かにこの3週間は、選手全員が辛い思いをしたよ。まったく不公平だよ。それにボク自身はティレノ~アドリアティコでステージ優勝して、ミラノ~サンレモへ調子を上げていこうと考えていたんだから。残念だね。
text:宮本あさか
photo:Jeep Vidon